せいや 中学。 霜降り明星せいやの昔がハゲてた!モテすぎていじめにあったのが原因?|Jimmy's room

霜降りせいや「ZOOM下半身出し」報道に乱れ飛ぶ“バッシング”と“同情”

せいや 中学

せいやさんは1992年9月13日に大阪市東大阪市に生まれています。 東大阪市立鴻池東小学校、東大阪市立盾津中学校、大阪府立布施高校を卒業。 小学生の時に、元芸人の先生が指導するお笑いクラブに所属していました。 「中島ミート」というコンビ名でTV番組で漫才を披露しました。 中学時代もアマチュア芸人としてテレビ出演をしたことがあります。 小学校から高校までサッカーをしていました。 中学時代はサッカー部のキャプテンを務めるなど人気者でしたが、高校入学後に集団でいじめを受けるようになります。 「笑いでいじめを跳ね返そう!」と明るく振舞っていましたが、いじめはエスカレートし、頭髪が抜ける脱毛症になりました。 高校の文化祭で劇を作ることになった時に、せいやさんはいじめグループから「お前ひとりで作れや」と言われ、自分で考えた『リアル桃太郎』というコントをクラスで発表。 そのコントが好評で表彰され、表彰式の壇上で「いじめを跳ね返したぞ!」と叫んだら歓声が湧き盛り上がり「芸は身を助ける」ということを実感しました。 高校時代の2010年8月「ドンパルトン」というコンビでハイスクールマンザイに出場。 粗品さんが組んでいたコンビ「スペード」は当時から有名であり、せいやさんがハイスクールマンザイに出場した理由も「スペードを倒したい」という思いがあったからでした。 トリで出場したせいやさんが率いるコンビがその日一番良かったコンビに贈られるイオン賞を受賞しています。 粗品さん率いるスペードも近畿予選を勝ち進みましたが、大阪の準決勝大会では粗品さん、せいやさんともに敗退しています。 ハイスクールマンザイ2010の決勝に進出することができませんでした。 せいやさんは大学1年の時は観光事業研究会に所属しており、ジジイというあだ名で呼ばれていました。 アマチュア芸人として活動していた粗品は関西の人気番組「2012オールザッツ漫才」でfoot cutバトルで史上最年少の19歳で優勝しています。 その後粗品さんは大学1年生の時に、よしもとのオーディションに合格し、大学を中退しました。 粗品さんはピン芸人として活動しますが、せいやさんを見て「こいつが一番おもしろい奴。 こいつと組んだら、もっとおもしろいネタができる」と思い、コンビを組もうと熱心に誘いました。 せいやさんは初め教師になることを目指していましたが、粗品さんの熱心さに「教師よりも芸人の方が向いているとちゃうかな」「この先の人生で、こんなに必要とされることはないやろ」とコンビ結成を決意します。 しかし、その後粗品さんがピン芸人としてオールザッツ漫才で優勝したため「自分は必要ないのではないか」と思い悩み、一人で山に行ったそう。 コンビ名の「霜降り明星」はそれぞれが思いついた単語を組み合わせたもので、せいやさんが「霜降り」、粗品さんが「明星」。 せいやさんは縁起が良さそうだということで選び、粗品さんは当時好きだったアニメ『瀬戸の花嫁』のお気に入りのキャラクター「不知火明乃明星」からとったと述べています。 2014年秋第4回『THE MANZAI』の認定漫才師50組に選ばれました。 2017年フジテレビ『新しい波24』で選抜され、同年10月30日よりフジテレビ系列にて開始した『AI-TV』にレギュラー出演が決定しました。 2018年2月第7回 『ytv漫才新人賞』で優勝。 同年12月2日には『M-1グランプリ2018』で優勝を果たしました。 M-1においては6大会ぶりに最年少記録を更新しました。 2019年3月3日『霜降り明星のだましうち! 』内で同年4月より活動拠点を東京へ移すことを発表。 2019年7月にYouTubeチャンネル『しもふりチューブ』を開設しました。 2019年7月のニホンモニター『2019上半期タレント番組出演本数ランキング「ブレイクタレント」』、ORICON NEWS『2019年 上半期ブレイク芸人ランキング』、8月の日経エンタテインメント!『この1年で最もブレイクしたと思うお笑い芸人』の全てにおいて1位を獲得。 『2019年 上半期ブレイク芸人ランキング』では、『世代別TOP5』において10代から50代の全ての世代で1位を獲得。 10代から50代全ての世代で1位なんてすごい人気ですね。 下半期も含めた『2019テレビ番組出演本数ランキング「ブレイクタレント」』でも1位となりました。 言われていることは吉本興業と芸人のギャラの取り分は9:1だそうです。 随分少ないですね。 人気が出てくると芸人の取り分も2割、3割と増えるそうです。 ここでは8:2の半分ということで考えてます。 TVレギュラーが8本。 レギュラー以外のTV番組が8本。 ラジオレギュラーが3本。 CMが8本。 毎週末はよしもと興業主催のライブに出演。 年間100本近いライブをこなしています。 ギャラを見てみます。 TV出演のギャラが5万円。 TVドラマが100万円。 ラジオ出演が1万円。 ライブ出演0. 5万円。 映画吹き替え10万円。 CMが100万円。 総合してみると、せいやさんの年収は 2000万円くらいになりそうです。 さすが売れっ子は違いますね。 明星っていうくらいで、せいやさんの明るく活動的なアクションが印象的です。 これからも、10代から50代までたくさんのファンを笑わせてください。 ご活躍お祈りしています。 (出典 ウィキペディア).

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霜降り明星のせいやの出身高校と中学は?!ものまねがヤバい!

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全部読めなくてもいいです、これだけ覚えておいて せいやさんのメッセージ ・逃げた方がいい。 どんな学校生活だったんですか これ、あれですか。 僕の経験だけで終わらないですよね。 メッセージみたいなものもありますよね。 あとでお願いしようと思っています じゃあ、本当に伝えたいことを言うために、まず、僕の経験だけで言いますよ。 新学期の4月って知らん人ばっかりなんですよね。 僕は中学のときからアマチュアでお笑いやっていて、漫才でテレビにも出て、学校内ではいわゆる人気者やったんですよ。 そのスタンスで、早く高校でも人気者になりたくて、ちょっとはしゃいでしまったんですよね。 ボケたりして。 <しもふりみょうじょう・せいや> 1992年、大阪府生まれ。 2013年に相方「粗品」さんと「霜降り明星」を結成。 レギュラー番組多数。 それがめちゃくちゃすべって、「なんやあいつ」みたいになりました。 ほかのクラスからも人がうわーって集まって、みんなで僕を持ち上げて学校を回るとか。 ひどいときは、4階の窓から足だけ持たれて、体をほとんど外に出されたりとか。 そんなんでも、僕はお笑いの精神を持ってたんで、顔引きつりながらも「なにしてんねん」ってツッコんでましたけどね。 でも、周りから集まってくる。 集団心理なんでしょうね。 で、僕は泣いたりしないんですよ。 「おい」ってツッコむんで、火に油を注ぐじゃないですけど、どんどん悪化していきましたね。 いじめじゃない。 「いじられすぎてるんだ」って、そのときは強がってました。 いじめって、すぐ「人に相談しろ」とかけっこう言われるんですけど、無理なんですよね、やっぱり。 親から学校で楽しんでるって思われてるのが常なんで、子どもは。 相談するっていうのは、めっちゃ難しいことやと思います。 こいつらからはちょっと離れようとか、休憩時間も何もされへんように図書室に行こうとか、そういう作戦ばっかり考えてました。 誰かに会わんようにするとか、今考えたら異常ですよね。 それでも捕まえられて、当時「肩パン」がはやってて、肩をバーンって殴られて。 アザだらけで家帰る、みたいな。 おかんにアザ隠しながら風呂入ることがけっこうありましたね。 孤独感で。 高校に暗い階段があったんですけど、そこでネタとか考えてましたね。 とにかくその当時は、人がおらんとこに行ってました。 みんなが行く食堂にも、絶対行かなかった。 弁当も、おかずとかほとんど食べられてたんで。 めっちゃ嫌だった。 わーって食べられるんで、米だけ残る、みたいな。 そんで、みんなは爆笑。 僕も「おかずとお米、普通、5:5やろ」みたいにツッコんでたんですけど。 今考えると、やっぱり嫌ですよね。 だから、学校で一番、ほんま人が少ないプールの裏とかで食べてましたね。 ハゲをネタに。 でも、今の体験を聞いていると、僕自身とても苦しいし、普通はなかなかそういった考え方に行き着かない気がします 笑いではね返そうというか、とにかく負けたくなかったんですよ。 僕の経験だけで言えば、僕はほんまに負けず嫌いやった。 なんでこいつらに、人生変えられなあかんねんって。 なんやったら、髪の毛も抜け出して。 ストレスでハゲてきたんですよ。 それくらいから、もう開き直りましたね。 絶対にこいつら笑かしたんねんって。 いじめって断定されてたまるかって。 最初は隠せてたんですけど、どんどんつながって、もう最後はほとんどなかったですね。 全部ぼろぼろ。 2、3年生からも「あ、やばいやつ」みたいな。 指さされながらも、逆に堂々としてましたね。 松山千春さんのものまねとかしてたと思います。 まあ、つらかったですけどね。 僕はそいつらに対して、笑いっていうものしか持っていなかったんで、ハゲも利用して。 でも、それしかもう、つらすぎてなかったんですよね。 学校休むか」みたいな。 家族からも毎日言われますよ。 病院にも行って、皮膚科の先生にも「もう学校は休んだ方がいいんじゃない?」みたいに言われて。 こんなやつらに負けるかっていうので、とにかくずっと、ギャグで返してましたね。 でもまあ、笑いではね返すというよりは、こいつらに人生変えられてたまるかっていう、むかつきでしたね。 それに、おもしろいことが好きやったし。 僕の経験だけで言えば、そういうことです。 で、「お前、コント書いてこいや」って言われるんですよね。 いじめの一環というか、冗談半分で。 でも、僕はマジで作れたんで、もう誰よりも自信あったんですよ。 だから、ぶわーって1日でコント仕上げて持って行きました。 おばあさんが先に、桃を開けてもうて、帰ってきたおじいさんが、赤ちゃん見たときに「誰の子や。 おかしい。 桃から生まれるわけないやろ」みたいな。 で、おばあさんが「わけわからんねん」ってパニックになるコントを書いたんですよ。 そしたら、めちゃくちゃみんな沸いて。 「こんなやつが、こんなんできんの」っていうギャップですよね。 ほんまにお笑いの力。 そこで見る目が変わったというか、初めて役割を得たんですよ。 文化祭を成功させるっていう。 そこから照明、音響、脚本、演出、全部考えて、主役もやって。 ほんで、ちゃんと賞をとったんですよ。 体育館で表彰式があって、壇上に上がったとき、ノリで言ったんですよ。 ちょっとだけ。 「ハゲてても、いじめはね返したぞー!」みたいな。 ほんなら、みんなが「うぉぉぉー!」って。 先生とか僕を心配してくれてた人たちも、すごく沸いてくれて。 たぶん人生の分岐点やったかなって、今、思いますね。 あっちはいじめてるって感覚がないから、2年、3年って別に普通に振る舞うわけですよ。 でも、こっちからしたら、やっぱりね、どこかずっと傷があるんですよね。 だから僕は会わないようにしてますね。 人として好きじゃないから。 聞いたことない。 「なんか楽しいなあ」って普通にしてます。 でも、いじめられてる人は「しんどいなあ」って思ってる。 だから、だからいじめはなくならないんですよ。 だってそれ、デメリットしかないですもん。 だから都合いいようにすぐ忘れますよ。 でも、いじめられた人は覚えてるっていうこのバランスですよね。 一方で、多くの10代は、せいやさんと同じようないじめを受けたとき、ギブアップしてしまう人がほとんどだと思います。 つらい思いをしている「普通」の10代に今、せいやさんが伝えられるメッセージを聞かせてください これが一番言いたいんですよね、結局。 僕は別に、自分の経験談を押し付けたいわけじゃないので。 やっぱりね、逃げた方がいいですよ。 立ち向かわなくていいです。 僕は別に闘ってないんですよ。 笑いではね返したっていう言い方をすることもありますけど、笑いに逃げただけ。 僕には笑いっていう逃げ場所があったから。 笑いって対人やから、向かっていったみたいになってますけど。 音楽に逃げる。 ゲームに逃げる。 睡眠に逃げる。 何でもええです。 とにかく、そんなやつらに、人生終わらされてたまるかっていう気持ちを持ってほしいですね。 そんなやつらに合わせる必要もないし、そんな環境に合わせる必要も全くない。 自分の好きなことを、本当にチャンスやと思って見つけてほしいですね。 当時、僕は学校休むことに罪悪感あったんですよ。 だから休めなかった。 でも、休んでいいし、休んでる間に、好きなこと見つけてやり続けていたら、今の僕と同じ26歳という年になったとき、絶対何者かにはなれると思います。 10代っていうその年で、すべてを決めないでほしいです。 10代なんか、ほんまに好きなこと見つけるだけでいい。 だから、いじめと闘うことないですよ。 大事なこの人生の入り口で、できるだけ傷つかないでほしいですね。 せいやさんにとって、お笑いとはどんな存在ですか なんやろなあ。 まあ、ずっと助け舟ですね。 ほんまに。 僕、昔からですけど、いわゆる関西の子どもにありがちな、人前に出て何かするタイプで、ずっとそれ以外取り柄がないっていう感じやったんで。 今、ご飯食べてるのもお笑いのおかげですし。 いろんな人に会えんのもお笑いのおかげやし。 いじめから助けてくれたのもお笑いやし。 もう、お笑いに助けられっぱなしですよね。 本当にだから、すごいと思います。 お笑いは。 2学期が始まる。 しんどくて、逃げたい……。 夏休みが終わるのを前に、そんな思いを抱える子どもたちの「居場所」について考えるイベントを8月26日に昼と夜の2部構成で開きます。 (昼の部)10代が安心して過ごせる「居場所」とは?@日本財団ビル 14:30~17:30 子どもの問題を取材してきたノンフィクション作家の石井光太さん、自分の不登校経験をマンガ「不登校ガール」で描いた女優の園山千尋さん、フリースクールネモ代表の前北海さんが、「居場所」について考えるトークイベント。 無料です。

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霜降り明星せいやのハゲの理由は? 霜降り明星 せいやさんは、ハゲ・薄毛だと言われています。 過去にはアメトーークの「薄毛バレたくない芸人」にも出演していました。 「悪い時」は本当に かなり悪いですね!w 髪の毛の自体は少ないため、髪形にはかなり気を使っているそうです。 他にもハゲ・薄毛と言われる原因となった画像をいくつかご紹介します。 確かにちょっとおでこが広く生え際も進行している気がしますが、ハゲという程ではない気がしますね。 1枚目がやはりかなりインパクト強めですが、他の写真はそこまでひどくないと思います。 ですが、せいやさんがハゲとはまでは言えないものの薄毛になってしまっているのは、 高校時代のいじめが理由のようです。 霜降り明星せいやの高校時代のいじめが壮絶! せいやさんは 高校時代いじめられておりその時にストレスで 脱毛症になってしまったことがあったそうです。 もともと 中学時代は生徒会長を務めたり、所属していたサッカー部でもキャプテンを務めるなど、めちゃめちゃ目立っていたのだとか。 しかも 当時から漫才でテレビに出るなど活躍していたことから、非常に人気者だったそうです。 ですが高校入学後、集団でいじめを受けるようになってしまったのだとか。 いじめの原因をせいやさんは、後のインタビューなどで• 高校入学初日の 自己紹介でウケを狙って失敗した• 当時少し調子に乗ってしまっていたため 「あいつを懲らしめる会」みたいなグループが出来てしまった 等と語っていました。 そんな中でも 「いじめをお笑いで跳ね返そう!」と前向きにとらえ、毎日ギャグを披露したり、いじめにもお笑いで返すなど努力をしていたそうです。 ですがなかなか笑わせることができず、当時「精神は保っていたが身体がついていけなかった」らしく、どんどんハゲていってしまったのだそうです。 当時のハゲ方は 三浦マイルドさんや、 フリーザ(の紫の部分)くらいハゲていたそうです。 高校生でここまでのハゲ方をするというのは、相当なストレスだったのでしょう。 当時はそれを見かねた母親からも「転校してくれ」といわれていたそうですが、せいやさんは決して応じず、 「笑かしたら勝ちや」と」自身のハゲすらもネタにしていたのだとか。 その後文化祭で劇を作ることになった時、いじめグループから 「お前ひとりで作れ」と言われたそうです。 どう考えても無茶ぶりですが、 せいやさんは「ここや!」と思い自分で考えたコントをクラスで発表したのだとか。 するとそのコントがクラスで大ウケし、クラスメイトから「こいつ、こんなに面白い奴やったんや」と認められたのだそうです。 その後文化祭でその劇を披露し、見事 学校で一番の賞を獲得することに。 表彰されたその壇上で、せいやさんが「いじめを跳ね返したぞ!」と叫ぶと、学校中が「うぉおおおー!!」となて映画のように盛り上がり、 そこからイジメはなくなったのだそうです。 そこでせいやさんは 「芸は身を助ける」という言葉の意味とお笑いの凄さを感じたのだとか。 スゴイ話ですね! 映画一本作れそうなくらい壮大な話です。。。 ! (4:08辺り~ ) せいやさんが高校時代のいじめとそれを克服したエピソードを披露してくれています。 机が逆向きにされたり南京錠を投げられるなど、かなり本気のいじめだったそうですね。 相方の粗品さんは何回も聞いている話なのに都度リアクションをとっており、コンビ仲の良さが伝わってきますね。 ただ「だいぶ生えてきた」とはいえ 当時のいじめで頭髪が抜けてしまった影響は大きかったようで、現在も若干薄毛になってしまっているようですね。 まとめ 以上、霜降り明星せいやさんのハゲ・薄毛と言われる理由や高校時代のいじめについてご紹介しました。 ハゲとまではいかなくても、若干薄毛となってしまっているのは事実のようです。 ですがその大元の原因がいじめというのは、非常につらい話ですね。 ですがそれに見事打ち勝ち、M-1制覇まで成し遂げたのは本当にすごい話ですね! 学生時代辛い思いをした分、これからは芸人として華やかな生活を送ってほしいです。

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