だから僕は音楽をやめた 歌詞。 ヨルシカ「だから僕は音楽を辞めた」で“僕”は音楽を2度辞めている

私的2019年アルバムトップ10

だから僕は音楽をやめた 歌詞

さて、栄光の第一位だ。 このアルバムはの「サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド」やの「トミー」からはじまるすべてのコンセプトアルバムの頂点に君臨する作品だ。 これを超えるコンセプトアルバムはもう出てこない。 もし作れるとしたら世界でもそれはヨルシカのみだ。 このアルバムは「だから僕は音楽をやめた」と「エルマ」が一続きの物語として成立している。 そして初回限定盤には手紙と手帳という、二人の主人公が書き記した日記が封入されていて、そこで物語が展開される。 「だから僕は音楽をやめた」はエイミーという青年が音楽を志して都会へ行ったものの、成功できず、音楽をやめる決意をし、友人であるエルマに手紙を書く。 そして、「エルマ」はエイミーからもらった手紙を読んだエルマがエイミーに影響され、作った音楽、というように明確なストーリーがそこに存在する。 エイミーとエルマの存在感は絶大だ。 歌詞がセンシティブに彼らの苦悩を描き出す。 そしてそれらは現代の私たちの傷跡をぴたりと言い当てたもので、虚無感に支配され、それでも自分の目指したいものを貫きたい、しかし、それがどうしてもできない、そんな苦悩に満ちた歌詞だ。 僕は今回のレビューにあたって、エイミーとエルマの関係性について記したいと思う。 エイミーとエルマは同郷で、ある日エルマが偶然入った喫で必死に歌詞を書くエイミーと出会い、一緒に音楽を始める。 しかし、エイミーはエルマの才能に嫉妬してしまう。 自分より遅く始めたのに、自分よりもうまい。 そのことに絶望し、彼はエルマのもとを離れ、しばらく音楽活動に専念するが、結局、音楽をやめてしまう。 「だから僕は音楽をやめた」では、音楽をあきらめたことをすべてエルマのせいにしてしまう。 君が現れなければ音楽を続けられたのに、君の音楽がなければまだ歌えたのに、そんな心情が見て取れる。 このアルバムは実は時系列が逆で最後に「だから僕は音楽をやめた」が入っているのだが、インストの日付を見ると、二曲目の「藍二乗」が最後の曲だとわかる。 音楽をやめた後、エイミーはバイトをしながら詩を書いたり小説を書くが、いつも書くのはエルマのことだ。 それだけ彼にとってエルマは大切で、そして憎むべき対象だった。 エルマのことしか書く気がしなかった。 そして、最後、「藍二乗」で彼はこう言う。 続きはエルマが記している。 エイミーの実家にある日突然、木箱が届く。 エイミーがいなくなってしばらくたった後だった。 そこには膨大な手紙と写真が収められていた。 (これは「だから僕は音楽をやめた」の初回限定版で再現されている。 届いたのが木箱の形をした大きな箱で、中を開くと手紙がいっぱい詰まっていて、本当にエルマの気持ちになれた)。 彼は「藍二乗」のあと、昔住んでいた北欧の町をめぐる旅に出ていた。 そしてエルマはそこに彼がいるかもしれないと、写真の場所を巡る旅に出る。 しかし、エルマはエイミーが突然去ってしまったこと、そして、音楽をやめたことを自分のせいにされたことにとても傷つき、怒ってもいた。 やり場のない怒りの感情は「神様のダンス」によく表れているし、「心に穴が空いた」とも歌っている。 エルマはその旅の模様を日記に記す。 エイミーはエルマにとって神様のような人だった。 自分に音楽を教えてくれた人。 自分を変えてくれた人。 だけど、その人はもういない。 その人の影だけをこうして旅して追っている。 エルマは自分はエイミーを模倣したに過ぎないと歌う。 それはエイミーになりたかったから。 だから、自分の歌はエイミーの歌にはかなわないし、私の歌は偽物に過ぎないのだから、もう一度会って、説得したい。 そんな気持ちもあったのだろう。 エイミーとエルマの関係性。 これが実に美しい。 そこには羨望も嫉妬も憎悪も友情も愛情も慈しみも愛おしさも尊敬も崇拝も存在している。 とても一言では言いあらわせない。 そして、エルマは「心に穴が空いた」でこう歌う。 そしてその筆致のなんたる鋭いことか。 もはやこれは小説でしかない。 そしてそこに音楽が入ってくるのだから、これはもはやオペラに近い。 が目指した。 それがここ極東の地で最高の形で結実した。 これよりすばらしいコンセプトアルバムはもう、ヨルシカにしか作れない。 今後、こういったストーリー性の強いコンセプトアルバムが増えるだろう。 思えばカゲロウプロジェクトもその一つだった。 しかし、ここまで芸術的な完成度と音楽的な完成度と商業的な成功を成し遂げたものは今まで一切存在しなかった。 今後、このアルバムは一種のとなるだろう。 ここからBUMPのようなシングルをどんどんリリースしていくシングルコレクション派とやヨルシカのようなコンセプトアルバム派が分裂し、アルバムは二極化していく。 そして、もちろん、この作品も模倣品も増えるだろう。 しかし、それは模倣でしかない。 本物はヨルシカにしかつくれない。 真似をしようとしている時点で原典を超えようなどとは思うな。 ストリーミング世代はアルバムという感覚が薄い。 みんなプレイリストで聴くからだ。 自分でプレイリストを作る時点でアルバムは価値をなくしてしまう。 それを知ったうえで、アルバムを一つの作品として昇華させる行為、それは原点に還るということだ。 もう一度LPの時代へ。 しかし、この作品は広く若い世代に波及した。 それはこの作品のパワーがそうさせたのだろうし、ストーリーがあるにもかかわらずメロディとして完成されたものを作るという、コンポーザーのn-bunaさんの腐心によるものだ。 そう、まだアルバムは死なない。 これからもアルバムは一人のアーティストにとって大きな意味を持ち続けるだろう。 1年や2年、必死にスタジオにこもって作ったものなのだ。 そしてそのアルバムを評価する姿勢にこそ、音楽への誠意が表れるというものだろう。 このアーティストはこのアルバムを通してなにを伝えたいのか。 いつも聞き流している曲を、作業の手を止めて真剣に聴いてみてほしい。 きっと大きな発見があるはずだ。 もう一度、アルバムをデッキに入れる時のワクワク感を思い出させてくれたヨルシカに僕は感謝を伝えたい。 こんな素晴らしい作品をつくってくれてありがとう。 確かに受け取った。 これからもアルバムは価値あるもので、音楽は聞き流すものではなく、生活に密着した、確かな重みをもったものであり続けるだろう。 そう思えたことがただただうれしい。 がワクワクする。

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ヨルシカ だから僕は音楽を辞めた

だから僕は音楽をやめた 歌詞

ヨルシカ 「ノーチラス」。 アルバム「エルマ」に収められた一曲であり、一連の物語に沿って進行していたヨルシカの楽曲群において、現時点でこれが最後の楽曲である。 いわば、エルマとエイミーの物語のクライマックスだ。 一連の物語については以下の記事で触れているので、ご存じでない方には参考までにお読みいただきたい。 MVから察するに「ノーチラス」は、エイミーがエルマに送ることなく、彼が毒性の人工染料「花緑青」を飲んで入水自殺した桟橋にギターとともに残していた詩である。 彼の 遺作ともいえる作品だ。 なぜ彼は、「だから僕は音楽をやめた」で締めくくったかに思われた楽曲群にこの曲をつけ足したのか。 なぜこの曲は、エルマに送られることなく桟橋に残されたのか。 ここではその理由を徹底的に考察していく。 あくまで私個人の考察であり、曲の解釈を決めつけるものではない、という点にご理解いただきたい。 また、初回限定盤得点のエルマの日記帳を筆者は拝読していないため、公式の物語と考察が異なっている可能性がある、という点にもご留意いただきたい。 ヨルシカ• J-Pop• provided courtesy of iTunes• 垣間見えるエイミーの二面性 前作「だから僕は音楽をやめた」、およびこの曲を通してみると、エイミーという人物の 二面性のようなものが垣間見える。 彼は表層的にはエルマを恨んでいるが、その一方でエルマを心の底から愛しているのだ。 こう考えるに至った経緯を、詳しく説明していきたい。 「だから僕は音楽をやめた」でのエルマ 前作「だから僕は音楽をやめた」で語られた、彼が音楽をやめた理由を一言で表せば 「昔の信念を失ったから」であった。 僕だって信念があった 今じゃ塵みたいな想いだ 何度でも君を書いた 売れることこそがどうでもよかったんだ 本当だ 本当なんだ 昔はそうだった だから僕は音楽をやめた だから僕は音楽をやめた 作詞 n-buna 昔は愛や正しさを追い求め、音楽を通してただ自分の中の「エルマ」を描き続けていた彼であったが、その信念を貫くことができなくなった。 描き続ければいつか答えにたどり着けるとひたすらに信じていた「エルマ」の記憶が時が経つにつれ失われ、答えなどないという現実に直面せざるを得なくなったのである。 間違ってるんだよ わかってないよ、あんたら人間も 本当も愛も世界も苦しさも人生も どうでもいいよ 正しいかどうか知りたいのだって防衛本能だ 考えたんだ あんたのせいだ だから僕は音楽をやめた 作詞 n-buna そして彼は 「考えたんだ あんたのせいだ」とエルマに残し、エルマに会うことのできない、救いのない現実への諦めから花緑青を飲んで海底へと沈んでいった。 ここでの彼のエルマへの感情は 「憎しみ」に近いものがあり、自分の信念を貫けなかった要因としてのエルマを恨んでいる。 エルマのせいで、彼は社会を、信念を、音楽を、諦めざるを得なくなった。 社会に対する、言うなれば 表向きの理由として、彼はエルマに恨み口を叩かなければならなかったのである。 「だから僕は音楽をやめた」の中で自分を言い聞かせるために、音楽を諦めるために、人生の幕を閉じるために、彼はエルマを恨まなければならなかったのだ。 そして彼はこの曲を、エルマに送る手紙の最後にしなければならなかった。 彼女への最後の一曲が彼女への感謝の言葉であったり、謝罪の言葉であったりしては彼の面目が保たれないからだ。 自分への説明がつかないからだ。 「だから僕は音楽をやめた」は信念を曲げた自分に対する言い訳であり、自身の面目を保つための最後のメッセージだったのである。 捨てられなかった優しさ「ノーチラス」 エルマを表層的に憎もうとした一方で、 エイミーは根本的に、エルマを愛していた。 その捨てられなかった優しさこそが、彼が残した最後の曲「ノーチラス」なのではなかろうか。 さよならの速さで顔を上げて、 いつかやっと夜が明けたら もう目を覚まして 見て、 寝ぼけまなこの君を何度だって描いているから ノーチラス 作詞 n-buna 音楽をやめたのはあんたのせいだ。 そう言って世を去ろうとしたところで、彼にそんなことできるはずなかった。 愛する人を傷つけたままで終わることなどできなかったのであろう。 「寝ぼけまなこの君を何度だって描いているから 」。 音楽をやめたとしても、彼の心の中にはいつだってエルマがいた。 それを伝えずにはいられなかったのだ。 そしてそれを桟橋に残した。 エルマが自分の足取りを追ってここに来た時に、彼女を救ってあげられるように。 彼が愛した音楽が終わってしまわぬように。 彼の信念からすれば、この曲の存在は 駄作なのかもしれない。 「だから僕は音楽をやめた」で最後にしなければならなかったのかもしれない。 しかし、どうしてもこの曲を残してあげたかった。 「ノーチラス」は、彼のエルマへの愛そのものなのだ。 まとめ エイミーの残した遺作 「ノーチラス」。 ノーチラスはフランスの小説「海底二万里」に登場する、陸地との一切の交流を絶った潜水艦である。 人間社会とのかかわりを拒絶し、ただエルマだけを描いた彼の人生は、エルマへの想いとともに海底へと沈んでいった。 この曲がエルマに届いたことで、エルマが目を覚まし、本当の彼の想いに気が付くことができたなら。 エイミーの最後の願いは無事にかなったといえるのではないだろうか。 Twitter @nabuna2.

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ヨルシカ だから僕は音楽を辞めた

だから僕は音楽をやめた 歌詞

ボカロPとしても活躍中のコンポーザー・n-buna(ナブナ)と女性ヴォーカル・suis(スイ)によるバンド、ヨルシカが2ndミニアルバム『負け犬にアンコールはいらない』からは1年ぶり、バンド史上初の1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』をリリースした。 青年はどうして音楽を辞め、エルマに手紙を書いたのか。 「できるだけリスナーの想像の余地を残しておきたい」という二人の思いに留意しながら慎重に話を聞いた。 EMTG:今回、インタビューがちょっと難しいなと思ってるんです。 作者に聞きたいことは山ほどあるんですけど、ここで全てを聞いてしまうのも違うなと感じていて。 n-buna:そうですね。 僕もアルバムの概要やコンセプトだけを説明して、あとは、視聴者の方に委ねたいなと思っています。 最低限の情報は与えつつ、あとは自由に楽しんでくださいっていうのが理想的かなって思ってます。 EMTG:では、まず、コンセプトを考えた、発想の出発点からお伺いできますか? n-buna:じゃあ先にこのアルバムの正確なコンセプトについて。 このアルバムは青年がスウェーデンを旅して書き溜めた音楽や手紙の入った木箱が、エルマの元に届いた瞬間を描いたコンセプトアルバムです。 この初回盤の木箱を手に取った人たちが、エルマが手紙を手に取って読み始めたその瞬間を追体験することをテーマにしています。 そもそもの発想の始まりは、アルバムの最後に入っている「だから僕は音楽を辞めた」という曲を結構、昔に作っていて。 アルバム初期の構想段階で、音楽をやめた青年の話をコンセプトにして、この曲を軸に膨らませていこうというところからスタートした感じですね。 EMTG:どのくらい前に作った曲でした? n-buna:3、4年前かな。 初期衝動がだんだん薄れていく中で、どう創作を続けていこうかっていう時期に作った曲だったんです。 あんまり音楽を作れなくなったというか、作らなくなった時があって。 音楽に対しての意義とか、音楽のあり方とか、難しいことをいろいろ考えてたんですよね。 今、振り返ってみると、青臭い歌詞だなと思いますけど、自分では面白いことを考えてたんだなとも思いますね。 EMTG:suisさんはどんな気持ちで歌いました? suis:私は自分が音楽をやめる青年の気持ちになりきってました。 自分にはない記憶を勝手に捏造してというか(笑)、青年になりきって、入りきって演技をする感じで歌ってますね。 EMTG:これまでよりも感情を込めているように感じました。 n-buna:今回に関しては、ヴォーカルのディレクションをあまりせずに、本当に自由に歌ってもらったんですよね。 あえてスタジオに行かずに、音源をもらってあとから聞くっていう制作のやり方になってて。 suis:任せていただきましたね。 1枚目と2枚目のミニアルバムではかっちり歌ってたんですけど、今回から歌を自由にとらせてくれて。 だから、n-bunaくんには「許してくれるかな?」ってドキドキしながら渡したら、許してくれました。 あははは。 n-buna:いや、むちゃくちゃいい! って思ったよ。 自由にやってもらってよかったなって思います。 日付に関しては後ほどお伺いしたいと思いますが、「だから僕は音楽を辞めた」という曲からどう広げていきましたか? n-buna:アルバムがちゃんと作品として機能しつつ、パッケージとして価値のあるものにしたかったので、音源が入っているCDに付随して、物語を補完するものとして何を入れようかっていうことを考えて。 一番最初に、箱を作って、手紙を入れる方式にしようっていうことを思いついたんですね。 音楽を辞めた青年が何を使って自分を表現するかっていうところで、書き溜めた手紙や歌詞をエルマに送るっていうことを考えたところから始まりましたね。 EMTG:青年にとってエルマというのはどんな存在ですか。 それ以外は僕は言わない。 前2作との繋がりも「全然ない」と言い切っちゃうと想像の余地を狭めてしまうので、そこも自由に考えてもらえたらいいなって思ってます。 suis:恋人だったのかもわからないし、友人かもわからないし。 私も青年とエルマの関係性はわからないんですけど、恋人とか友人という枠ではなく、僕にとっては、人生の全てになっちゃうような時間を共にした子だったんだなっていうのは感じていて。 誰の人生にもいる人ではないと思うんですけど、青年にとっては、そういう相手がいたんだなっていうことを想像しましたね。 suis:確かに、ファンの子達とかは、「音楽やめちゃうのかな、n-bunaさん」って思っちゃう人もいるだろうなって思いました、私も。 n-buna:全然ないです。 こういう物語を作りたかったんです。 まだまだ作りたい音楽もありますしね。 僕の創作の原動力は、いかに、自分が美しいと思うものを作れるか。 自分が価値があると思うものを作れるかに尽きる。 そういうところで僕は、きっと、音楽をやってる人とか、ひいては音楽をやっている自分に刺さるものを作りたかったんだなと思います。 EMTG:では、「だから僕は音楽を辞めた」からスタートして、制作上で最後にできた曲は? n-buna:一番最後にできたのは「六月は雨上がりの街を書く」ですね。 このアルバムを作るためにスウェーデンを旅してきて。 僕が幼少の頃に行ったガムラスタンという街にいた時に、雨が降ったんですよ。 めちゃくちゃザーザーと降りまして。 外に出る気が起きないなって思いながら、ホテルの部屋で詞を書いてました。 そこから生まれた曲ですね。 EMTG:この曲には、MVが公開されていた「藍二乗」とつながる《今の暮らしはi 2/君が引かれてる0の下》というフレーズが出てきます。 n-buna:このアルバムのどこかで「藍二乗」の解釈というか、答えあわせを出そうと思ってて。 いろいろな意味はあるんですけど、そのなかの1つですね。 大きな意味での原基は、2乗すると「-1」になる虚数単位の「i」と、インクの藍色の「藍」の2つですね。 視界が涙で滲んで、空の藍色が涙で二重に見える、その二乗ですね。 その3つの意味がタイトルの由来の大きな部分ですね。 EMTG:MVが出た時に「これは-1のことなんじゃないか」っていうコメントもありました。 n-buna:びっくりしましたね、僕。 「あ、わかる人いるんだな」って。 最近、YouTubeやTwitterで、僕の曲や歌詞に関して、いろいろと考えてくれる人が増えてきていて。 たまに設定やプロットを当ててくる人がいるので、こんなに少ない情報からよくやるな? と思いますね(笑)。 そうして、ユーザーの子達が想像を膨らませて楽しんでくれてるのを見るとよかったなと思います。 あと、この曲は、いいヴォーカルが録れましたね。 suis:そうですね。 ブラックというか、感覚として、ちょっと怖い感じですかね。 歌ってる側は青年ではあるんですけど、もしも自分がこの気持ちを迎えるエルマだったとしたら、《あの街で待ってて》って静かに言われたら怖いなって思って。 n-buna:関係性によってはやばいよね。 EMTG:エルマ側の気持ちで聞いてなかったので、それは新鮮な感想です。 女性側の気持ちを考えたことがなかったなって気づきました。 suis:受け取る方としては、ちょっとゾッとするくらいの気持ちの大きさなんですよね。 怖いくらいの気持ちの重さを意識して歌いましたね。 n-buna:さっき、suisさんがブラックって言ったんですけど、別の意味というか、音楽的に黒いノリもあって。 曲調のはねた感じだったりは、サポートドラムのマサックさんがうまく叩いてくださって。 楽曲的にも気に入ってますね。 アルバム全体としては、バンドサウンドによるギターロックやダンスロックが主体ですけど。 n-buna:そうですね。 いろんなインストを作ろうと思いつつ、インスト系は打ち込みを基調としたもので、鍵盤が綺麗に乗るっていうのを意識してやってます。 幼少期だったので思い出の美化もあると思いんですけど、その頃に見た景色は、昔からとんでもなくきれいなんですよ。 僕の中で一番美しい景色がそこにある、という。 それに尽きますね。 久しぶりに行ってみたら、めちゃくちゃよかったです。 ストックホルム自体もいい街ですね。 EMTG:その街の景色や旅が本作の創作にも影響を与えてるんですよね。 n-buna:そうですね。 僕は風景から曲を作り、歌詞を書くタイプなので、全体的にそうです。 スエーデンを旅してた青年が思ったことを書き溜めた手紙や歌詞というアルバムのコンセプトと同じように、僕自身も旅をしながら、歌詞を書き貯めたり、曲を作ったりしてました。 EMTG:旅の中で歌詞や曲を作った順番とアルバムの曲順は違ってますよね。 n-buna:アルバムの方は、この順番でエルマに見て欲しいっていうことですね。 初回生産限定盤の手紙の方は、青年が旅を終える直前に今まで自分が書いたものを見返しながら、適当にどんどん箱に入れていって。 EMTG:アルバムのトレイラー映像はアルバムの曲順とは違ってました。 n-buna:トレイラーの方は日付順ですね。 それが初回盤ですね。 エルマに送られた状態。 suis:あの映像には12曲目の「エルマ」だけ入ってなかったんですね。 n-buna:そうだ。 だから、箱を閉じる直前、一番最後に残ったインクで描いたのが「エルマ」ということになりますね。 あの時点では書かれてないから、入ってなかったんです。 n-buna:だから、このアルバムはいろんな楽しみ方があると思うんですよね。 青年の旅を追体験するっていう意味では、3月から始まり、4月に旅に出て、一番最後に「エルマ」を聞いて、アルバムが終わるっていう風に並び替えて聴くのが一番最適化に近いかな。 手紙の方は実際に日付順に書いていってるので、手紙も合わせて楽しんでもらえたらいいなと思います。 EMTG:手紙の方にある「君の詩に月明かりを見た」という言葉を見た時に、「八月、某、月明かり」やティーザーの英語タイトル「Moonlight」の意味がわかってハッとしました。 n-buna:アルバムのコンセプトの1つとして、一番最初に決めたのが「月明かり」だったんです。 だから、楽曲を聴いて、歌詞や手紙を読んでもらえたら、いろいろとわかることがあると思います。 EMTG:ちなみにsuisさんには物語の内容やそれぞれの登場人物についてどのくらい伝えてるんですか? n-buna:全然教えないんですよ、僕。 suis:そうなんです。 実は手紙もまだあえて読んでなくて。 考察という意味でも楽しめると思うんですけど、私は、発売した時に、この箱をもらったエルマになったつもりで読もうと思ってます。 だから、皆さんにも、青年としての物語の追体験と、エルマとしての追体験を、どっちもして欲しいなって思ってます。 ボックスの大きさも含めて、迫力のある作品になったと思うので、早くみんなの元に届いて、誰かはしゃいでくれるかなっていうのが楽しみでしょうがないですね。 EMTG:音楽=人生と考えている青年の物語を作り終えて、次は何かもう考えてますか? n-buna:この物語がどういう風に終わって、どういう風に続いていくのかは自由に好きに想像してくださいって感じなんですけど、このアルバムの続編を夏にリリースします。 この青年が続きを書いていたのか、全く別の物語なのか。 いろいろと想像しながら楽しみに待っててもらえたらいいなと思いますね。 コードの勉強にもなるし、理論は知っておいて損はないし、何よりこの並びがめちゃくちゃ美しいなって感じてて。 ついつい見たくなってしまうし、定期的に見てますね。 あと、ついでに椎名林檎「「丸の内サディステック」と星野源「恋」のコード進行も調べました。 昨日、アコギを持ってた時にちょっと気になったので。 suis[スイ](Vocal) 私は「黒船/来航」を調べてますね(笑)。 ふとした時に、鎖国していたコミュニティに、新しいものを持ち込んだ人がいた場合に、そのコミュニティはどういう風に崩壊していくんだろうっていうのを考えてて。 ペリーってどんな気持ちだったんだろう? って。 例え、いいものを持ち込むんだとしても、元々あったコミュニティは壊れてしまう。 もしも自分がペリーになったら、どういう覚悟を持って入っていけばいいのかなっていうことを考えてましたね。

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