こちら も 抜か ねば 武 作法 という もの。 赤穂事件

奏でるは剣聖の調べ

こちら も 抜か ねば 武 作法 という もの

前編はこちら さて、後編では改めて秀吉にスポットを当てていきます。 秀吉の立身出世を振り返れば、「百姓から渡りのもの」、「から大名」「天下人」と、身分のピラミッドのほぼ最下層から頂まで一代で駆け上った希有な男。 そんな人間は秀吉の他に「誰一人として」いない、と織部に言わしめています。 このように、「武」の面で見れば比類なき能力を持った秀吉ですが、数寄の面では目覚しいものはなく、むしろその目利きの無さを幾度となく他の数寄者に落胆されています。 …… むさい…… なんともモリッと冴えない茶碗だぞこりゃあ…… ザリッとした無釉の骨気が魅力のなのだがな…… 目かけてくれた羽柴さまには悪いが…… これは俺の蒐物集には加えられんの…… (第十八席) 「どうです 良くないでしょう……」 「や…… ……」 「かような器は黄金の茶室と渾然となって活きるもの……」 「恥を知らぬこの輝きがわび心を萎えさせますな……」 (第五十一席) 「この出で立ちを評してみよ 宗二 余がお気に入りの出で立ちを評してみよ」 「当世にはふさわしうないお召し物にて」 (第六十六席) 特にわび数寄に関しては、その師である利休の思惑とはまるで違う方向へ走ります。 の大茶会を開くのだ!! 東西南北あらゆる階層のわび数寄者を京へ集め 南蛮趣味に現をぬかす者どもに真の美を見せつけてやろうぞ!! 支度を頼むぞ 利休!! 派手にな!! ドーンと派手に狼煙を上げよ!! (第五十一席) という秀吉に対し 詰まるところ には台子も何もないのです 全て各人それぞれの作法 趣向でもてなせば良いのです 決まり事などないというのが極意にございます 関白様はその本質がわからぬゆえ 台子点前を許可制になさり…… に格を付けておられる…… 此度の大茶湯も感心いたしませぬ…… 本質のない形だけの「わび」の美が流布するのは…… 何も広まらぬより質が悪うございます (第五十三席) と利休は眉を顰めるのです。 秀吉の半生において彼の数寄は、信長のように華を求めながらもそのセンスは壊滅的で、わびに傾こうともそこに本来不要のはずの「箔」=格を求めてしまう。 数寄に限った話ではないのですが、秀吉が「箔」を信長とは違う形で強く求めているというのは、作中で何度となく描かれています。 信長にとっての「箔」は、前編でも書いたように 世を治むるには「武」のみならず「箔」がいる 織田にとって「箔」とは朝廷であり名物群よ 時には朝廷をも圧倒する「箔」が必要になる 今こそあらゆる力を織田に結集し全国を束ねねばならん (第十九席) というもので、いわば統治のための手段としてのものでした。 ですが秀吉にとっての「箔」はそうではなく、秀吉自身を飾り立てるための、まさに箔本来の役割としての「箔」であったと推測できます。 が持ってきたレモンの味に度肝を抜かれながらも強がってみたり、「微小なる身より天下を獲った」者として自身ととを引き比べた上で、自分のほうが上だと言ってみたり、の後ろ盾を欲し、最高位の血統としてのを手にかけることができなかったりと、自分が生来「箔」を備えていない後ろめたさと、それを持っているものに対する劣等感が随所に見られるのですが、それはやはり、「百姓」「渡りのもの」「」と非の存在から立身出世を為してきた立場ゆえでしょう。 武人が…… 生まれの良い者が茶道筆頭では…… 俺を蔑むは目に見えておる…… (第五十七席) 戦国の世が如何にであろうと、それとは別に、厳として血筋、生まれの良さというものが観念されており、それは階層の上方へ行けば行くほど実感するものとなります。 下克上の世は、誰にでも出世の道があるのかもしれませんが、それはあるというだけで、生まれの良い人間にはずっと楽な道があるのです。 能力が同じなら、道が楽な方が出世できるのは道理。 秀吉や利休のように「裸一貫から伸し上がって」その道のトップまで躍り出られる者は、一握りもいないのです。 秀吉は、立身出世を求めて武の世界に足を踏み入れてからずっと、己の「箔」のなさについて悩み続けていたでしょう。 他人を見返す、そして他人に見返されることがないようにするという、ある種受動的ともいえる感情こそが彼の原動力、すなわち業だったと言えます。 しかし、それと同時に彼の胸にあったのは、自分を取り立ててくれた信長への敬愛です。 天下人という「箔」欲しさに信長を殺すも葛藤は止むことなく、次第に彼の目指すものはただの天下人から、信長の後継としての天下人へと変わっていました。 真似で結構…… サル真似で結構よ…… 俺は信長様をなぞりきる はるか天竺までも華で埋め尽くしてくれるわ (第四十二席) かの信長公の跡を継ぎしものの 箔 ・が…… 複数の国々を束ねる皇帝ではなく…… で十分と申すか……!? (第百十七席) このとき秀吉の欲す「箔」、己を飾る「箔」は、「天下人」と同時に、「敬愛する信長の後継」でもあったのです。 死の間際、秀吉が悔恨と共に吐露した言葉 左様な居心地の良い間柄であったものを…… 俺は…… 俺は「箔」欲しさに野心を先じてしもうたのだ…… 「箔」がために最高の理解者をこの手に…… (中略) 俺の業は未だ「箔」を求めておる………… 朝鮮を…… 皇帝の座を…… (第百二十七席) の中で、虚飾と敬愛が鬩ぎ合っているのがはっきりとわかるのです。 しかし、そんな秀吉が気づいたこと。 それは 生涯を賭して求めた「箔」の最たるものとは…… 愛すべき友だと (第百二十七席) でした。 「愛すべき友」という情緒的な言葉は、虚栄色の強い「箔」とは縁遠いような言葉に思えますが、その真意を解きほぐしてみましょう。 ここで秀吉の言う「愛」とは、敬愛する信長が彼と自身の関係を指していった言葉でした。 これまで数多の人間と関わってきたわ…… その都度一方的に奪い取り…… 惜しみなく与えてきた…… だがハゲ…… おまえとは「ダール・イ・レゼベール」だった 俺はあらゆる人間と その関係を築きたかったのだがな…… ……意味を知っておるか? 「愛」よ (第二十一席) ここで信長は「愛」を否定の形で表現しており、すなわち「一方的に奪い取り」「惜しみなく与え」る関係は「愛」ではなく、唯一秀吉と結ぶことの出来た「ダール・イ・レゼベール(=ギブ・アンド・テイク)」の関係こそが「愛」なのだと言っています。 この「ダール・イ・レゼベール」を、その相手方だった秀吉はこう解釈しています。 本能寺にて手をかけし時…… 上様がこの俺に放った言葉よ…… 俺と上様は互いに利を受け 与える遠慮なき間柄であったと…… それをダール・イ・レゼベール…… 「愛」と仰せになったのだ…… (第百二十七席) 「互いに利を受け 与える遠慮なき間柄」、それが「愛」。 信長と秀吉、二人の言葉を引き合わせれば、「ダール・イ・レゼベール」の核が見えてきます。 信長が秀吉以外と築いてきた関係は、信長が主体であり、能動的な存在です。 自分にも他者にも利益は生まれますが、自分の利益は相手から奪ったものであり、相手の利益は自分から与えられたものとなる。 この関係は、常に信長が主体となる一方的、非対称的なものです。 信長は相手を常に見下し、相手は常に信長を仰ぎ見る。 これが覆ることがありません。 ですが、信長と秀吉が築いた関係は、互いが利を受け、互いが与える双方向的なもの、対称的なものです。 そして、お互いその双方向性に遠慮がない。 信長は主君で秀吉が家臣であるにも関わらず、そう言っているのです。 この「遠慮のなさ」と「ダール・イ・レゼベール=ギブ・アンド・テイク」が結びつき、「愛」の肝になっていると言えるでしょう。 ただ「愛」というだけではいかにも甘くなってしまいますが、的な「ギブ・アンド・テイク」というワーディングを用いることでクールさを醸し、「遠慮のなさ」でお互いがその関係性に納得している了解をがとれます。 「ギブ・アンド・テイク」の関係性に納得しているがゆえに、社会的立場の差を越えて、精神的な平等性が生まれてくるのです。 さて、ではなぜこの「愛」の関係が、あれだけ肩書きを求めた秀吉の「箔」となりうるのでしょう。 そもそも秀吉が「箔」を求めたのは、自分の生まれに自信がなく、社会を上昇するにつれそれを強く実感するようになったことが大きい、と上で書きました。 そして、最下層から最上層まで一代で出世の階段を上り詰め、またもともとの信長が如き華好みに加え、死が間近まで迫ったことで利休のわびも好むようになった秀吉。 その立場の複雑さに、織部も「殿下ほど解し難き御方もございませぬ」と言っています。 秀吉は、その人生が進むにつれ、三成のように心酔するものは出ようとも、己の理解者は減らざるを得なかったのです。 理解者が減るとなると、それでも理解してくれる人を増やすために、自分を知っている人間をもっと増やさなければならない。 秀吉の欲しがった「皇帝の座」という「箔」は、非常にわかりやすく立派なものです。 その座を手にすれば、秀吉を見たこともないものでも、「ああ、あの皇帝の」と思いつくでしょう。 ですが、そのような安易なまでの明白さは、わかりやすくなればなるほど、当人についての理解を邪魔します。 ぴかぴか輝く「皇帝」という「箔」は、その下にあるはずの個人を見えなくしてしまいます。 誰にも自分の存在を知られる代わりに、誰にも自分の肚の底を理解されなくなる。 秀吉が求め続けていた「箔」の行き着く先は、それなのです。 生まれの良いものは、自らの生まれの良さに疑問を持ちません。 生まれの良さを当然のものとして享受し、気にかけず振る舞い、その衒いの無さゆえに「生まれの良いものらしい」振舞いがブーストされます。 それは者である言うところの社会資本なのですが、この社会資本は個人が自我を持つ前にに決定されていて、社会資本をもたざる者が、自分がそれを持っていないことに気づいても、どうしようもないものなのです。 ですから、生まれの良くない秀吉が、良い者との差に気づきそれに追いつこうとしても、本質的なところで差が埋まることはありません。 差を埋めようとあらゆる努力をなし、「箔」をつけるだけつけても、飾れたのは外側だけで、本当に求めたい中身には届きません。 何度も書いているように、秀吉と信長の関係は「ダール・イ・レゼベール」でした。 その関係は「遠慮な」く、「居心地の良い」ものだったと言っています。 秀吉にはおねという正妻がいますし、彼女のことちろん愛していますが、「ダール・イ・レゼベール」はそれとはまた別次元の関係でした。 最期の最期にその関係性こそが「生涯を賭して求めた「箔」の最たるもの」と口にしたのは、「ダール・イ・レゼベール」の間柄に、自分の生まれを考えずに済む、的・実務的・実際的なものを見出したからではないでしょうか。 「ダール・イ・レゼベール」ならば、どんなに生まれが良かろうとも能力がなければそれっきりだし、逆に、いかに生まれが卑しかろうとも能力さえあるなら(少なくとも精神的には)対等に接することが出来る。 生まれの悪さを自覚するものがいくら「箔」をかき集めても築くことの出来ない関係が、そこにはあるのです。 また、秀吉は次第に信長の後継としての天下人という「箔」を求めた、と既に書きました。 信長の後継。 信長をなぞること。 秀吉との末期の茶席で信長は言いました。 「おまえとは「ダール・イ・レゼベール」だった…… 俺はあらゆる人間とその関係を築きたかったのだがな……」 遺言にも等しいこの言葉は、信長をなぞろうとした秀吉の心に強く染み入っているはずです。 誰かと(それもできるだけ多くの人と)「ダール・イ・レゼベール」の関係を築くことは、秀吉にとって信長の後継になることと同義なのです。 信長の跡を継ごうとしながら、晩年になって権勢と同時に孤独をもいや増していた秀吉。 その彼が「ダール・イ・レゼベール」である愛すべき友に「「箔」の最たるもの」を見出したのは、必然の帰結なのかもしれません。 ということで、死期迫った秀吉の言葉、「生涯を賭して求めた「箔」の最たるものとは 愛すべき友」を私なりに解きほぐしてみた話でした。 自分なりにちゃんと話が落着したことに、大きく安堵しています。 「」の中で、男女間での「愛」が主題的に描かれたことはほとんどなく、むしろそれがまるで描かれない茶々にスポットライトが当たることが多いのですが、おねやおせんなど、良妻賢母の鑑のようなキャラクターの描写がもっとあれば、この「愛」論もまた違った角度から考えられたかもしれません。 まあ、そしたらあんまり「」っぽくはならないかもだけど。 お気に召しましたらお願いいたします。 励みになります。 一言コメントがある方も、こちらからお気軽にどうぞ。 yamada10-07.

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赤穂事件

こちら も 抜か ねば 武 作法 という もの

鞭・盾・武/医・呪は、後衛の攻撃力が低くて辛かった…。 鞭使い ギルド<ナイトメア>の部屋で、ルークは正座をさせられ、小桃の話を聞かされていた。 ちなみに、くしゃみをしたため、アクシオンに肩からパステルカラーというどう見ても男性向けではない可愛らしい色合いのストゥールを掛けられている。 「そも、武士道というものは、決して死を恐れてはおらぬ。 『武士道とは、死ぬことと見つけたり』という言葉もあるほどじゃ」 「…はぁ」 「我らにとって恐るるは<恥>である。 恥を濯ぐためならば<死>など何と言うことも無し」 「…はぁ」 ブシドーという職業は、レンを見たことがあるとはいえ未知の世界であったので、どのようなものかと聞いてみれば、まるで説教のように懇々と説明されてしまった。 正座などという慣れない姿勢をさせられて、ルークはもぞもぞと親指を組み替えた。 「聞けい!背筋を正せ!」 「…はぁ」 その間に、アクシオンは兄の方から聞き取りを開始している。 何の打ち合わせも無しにそうするあたりが、もう阿吽の呼吸というやつである。 「さて、ブシドーの理念ではなく、実際的な話を伺わせて頂きたいのですが。 具体的には、弱点などを」 「ふむ」 上半身はさらしを巻いただけ、濃い灰色の袴を履いたその上に白衣を羽織るという珍妙ないでたちのメディックは、ずり落ちそうな眼鏡をちょいと鼻の上に置き直した。 「武士道はあれが言う通りの職業じゃ。 つまり、身を賭して敵を葬ることを身上としておるゆえ…要するに、攻撃力は高いが防御を捨てておっての。 それゆえ拙者は、小桃の怪我を治せる医術の道を選んだのじゃが」 「…つまり、薄くて良くダメージを受けるんですね」 顎に人差し指を当てたアクシオンに、文旦は身を屈めて小声で囁いた。 「さりとて、鎧を着けるのは抵抗してのぅ。 身を固めるのは武士道に反すると言うて聞かぬのじゃ」 「なるほど」 柳眉を上げてびしびしとルークに斬り込むように説明している小桃を見て、アクシオンは頷いた。 情の強そうな女性であるのは、ほんの1時間以内のことでも分かっている。 「本人は防御力を上げようとはしない、と言うことですね。 では、二つの方向性がありますね。 一つは、攻撃力と素早さを特化させて、攻撃を受ける前に倒す、という伸ばし方。 もう一つは、本人以外の方法で防御力を高めたり、相手の攻撃力を減らしたりするパーティーの組み方をするか、です。 前者は雑魚には良いでしょうが、倒すのに時間がかかる強敵には辛いかもしれませんが」 小首を傾げたアクシオンに、文旦は感嘆の声を上げた。 「ほほぅ、見かけによらず戦術論がしっかりしておるのぅ」 「戦術論かどうかは分かりませんが、これでも熟練の冒険者、というものですので」 照れもせずに言ってのけて、アクシオンは文旦を正面から見つめた。 「それで…どうします?前者なら、素早いレンジャーやダークハンターを集めるべきですし、後者ならパラディンや鞭使いを募集した方が良いでしょうし」 「拙者は、無論後者じゃ。 …あれは嫌がるじゃろうが…怪我はして欲しく無いからのぅ」 「分かりました。 では、パラディンとか鞭使いの説明をさせて頂きます」 そうして、二組が懇々と話し合いを続けた結果。 ブシドーの攻撃力はそのままに、その他のメンバーで補助する、という結論になった。 「されど…拙者、この地に参ったばかりで、知り合いなどおらぬしのぅ」 「パラディンは募集をかけておきましょう。 鞭使いには、心当たりがありますので、ちょっと当たってみます」 「俺は、酒場でカースメーカーにつてがある奴がいないか探してみるわ。 レンが組んでるくらいだ、カースメーカーはブシドーと相性が良いんだろ」 ようやく小桃から解放されたルークは、存分に伸びをしながら楽しそうに言った。 ブシドーの理念を説明されるのも、まあ吟遊詩人としては悪くない情報なのだが、背筋を正して聞かねばならぬ、というのは些か疲れる。 話し合いが終わったと見て、他のメンバーが近寄ってくる。 「なぁ…仲間が増えるのか?」 「おう、その予定。 あと3人追加できたら、こいつらだけで探索に行けるな〜って」 「そうか」 クラウドが困ったように頬の傷を掻いたので、ルークは「あぁん?」と声を上げた。 「どうかしたか?」 「いや、ほら…部屋を替わるのか、と思ってさ。 …ベッド、中で組み立てたから、部屋を替わるのなら、またばらして組み立てなきゃならないんだ」 「うわ、そういや、そうか」 この部屋はレンジャー組が加入したときに貰った10人部屋である。 小桃と文旦を入れてちょうど10人なのだが、これ以上増やすとなると今度は15人部屋を申請しなくてはならない。 「随分、ここにも馴染んだんだがなぁ…いっそ、どっか家でも借りるか?」 「せっかく無料で住めるんですから、ここの方が有利だと思いますが」 せっせとこの部屋の手入れをしていたはずのアクシオンが淡々と言った。 掃除はするが、愛着というものは無いらしい。 「ま、とにかくおっさんに相談しとくよ」 「…俺も、3段ベッドの設計でもしとくかな」 木工技術としては趣味の範疇だったクラウドだが、ベッドだのテーブルとイスだのを作り続けた結果、ちょっと腕が上がった気がするのだ。 どうせなら、部屋は広く使えた方が良いから、5人分のベッドをただ横に並べておくのではなく、3段ベッドを5つ作れば、15人がともかくは休むことが出来る。 まあゆったりと、とまでは言えないが。 大所帯になったよな〜としみじみ思う。 これで第2パーティーとして5人集まれば、全部で13人。 …少々不吉な数字だが。 一つのギルドは16人まで、と決まっているので、後3人までは加えられるが…3人で何が出来るというのでもなし、たぶんはこのままやっていくことになるんだろうな、とクラウドは思った。 本当は、ここにショークスが来れば、戦闘レンジャーということで役立ちそうだが…しかしパーティーとしては端数になる。 まったく、どこをうろうろしているのか知らないが、さっさとエトリアに来ていれば、このギルドに入って弓の腕を磨くことも出来ただろうに。 今更もしもやってきても、端数になるのが分かっていながら仲間に入れてくれとは言えない。 まだ、第2パーティーが揃わない間にやってくれば間に合うかかも知れないが…何をやってるんだ、ショークス。 クラウドは心の中だけでぶつぶつとどこかにいる弟に文句を垂れて、ベッドの方に向かった。 何となく板の強度を確かめたり、大きさを測ったりする。 まあ、エトリアに来るかどうかも分からない弟のことで頭を悩ます暇は無い。 クラウドには、ともかくはここにいる妹たちを守り、養っていくという大事な使命があるのだから。 酒場に向かったルークは、久々に金髪バードを見つけて相好を崩した。 「よ、久しぶり。 やー、良かったよ、会えて」 「うん、久しぶりだね。 …ちょっと来ない間に、もう14階を踏破したって?」 「やー、まだ踏破したってとこまではいかないなー。 一応15階に降りる階段は見つけたんだけどさ、13階に上る階段を探してるとこ。 13階でさ、川向こうに宝箱が見えるんだよ。 やっぱそこまで行かないと精神安定上悪い」 けらけら笑いながら、あっさり自作マップを見せるルークに、金髪バードは溜息を吐いた。 手で目を覆いながら、陰鬱に呟く。 「相変わらず…あのね、自作マップも重要な知的財産だって分かってる?無料でほいほい他の人に見せてどうすんの」 「あん?お前、悪用しないだろ?」 全く理解していない顔で自分の地図を見下ろして腕を組むルークを見つめて、金髪バードはまた溜息を吐いた。 「…ま、僕が心配する義理も無いんだけどね。 …で、何か用?」 「あぁ、ちょっと聞きたいんだけどさ。 …カースメーカーと会えるツテを持ってないか?」 一応声を潜めて聞いたルークだったが、たいていは落ち着いている金髪バードが噎せ返ったので目をぱちくりさせた。 金髪バードは慌てて水を飲み下して咳き込みを押さえようとしている。 バードにとって喉は非常に大事な財産なのだ。 「…おーい、大丈夫か〜」 「だ…だいじょ…ぶ…」 何度も水を飲み込んで、金髪バードは額の汗を拭った。 「何、それ。 カースメーカーなんて、実在してると信じてるんじゃないだろうね。 あんなの、お伽噺でしか存在しないよ?」 「や、いるのは確かなんだわ。 ただ、ツテが無い」 あっさり言い切ったルークに、金髪バードは眉を上げた。 また「あり得ない」とか言われる前に、ルークは金髪バードの耳を引っ張り、内緒話の体勢になる。 「いや、その…これは言ってなかったんだけどさ、レンとツスクルって二人組と迷宮内で出会ったって言ったろ?それがブシドーとカースメーカーのペアなんだわ。 …執政院の眼鏡に教えて貰ったんで、ある程度情報はフリーかとも思ったんだけどさ、カースメーカーが実在するって情報流していいのかどうか分かんなくて黙ってたんだわ。 悪ぃ」 「…君、一応、考えて情報流してたんだ」 「あのな」 「誉めてるんだよ」 金髪バードは乱暴に髪を払って、足を組んだ。 金髪バードにとってルークのイメージは『自分が体験したことを無料で他人に喋りまくる間抜け』である。 吟遊詩人にとっては、新鮮なネタなんて飯の種のはずなのに、それをぺらぺら平気でばらまくお人好し。 だから、まさかその垂れ流しの情報に、隠していることがあるとは思っていなかった。 案外策士なのか?と改めてルークを見つめたが、その間抜け面を見ていると、やっぱりただのお人好しなんだろうと思えた。 情報隠しも、ただツスクルに迷惑をかけちゃいけないとか、街の人を怯えさせちゃいけないとか、そんな理由だろうし。 はぁ、とまたも大きな溜息を吐いてから、金髪バードはキタラをぽろぽろと弾いた。 しばらくそうして自分を落ち着けてから、ルークの方は見ずに小さく問う。 「…で?もしもカースメーカーが実在したら、ツテを辿ってどうするつもり?」 「や、今日、うちにブシドーの仲間が加わったんだけどさぁ。 レンもカースメーカーと組んでるし、ブシドーとカースメーカーって相性が良いんかな〜と思って」 「…つまり、カースメーカーも仲間に入れたい訳だ」 「そ。 …いや、まあ、どんな職業なのか、いまいち分かってないけどな」 けろりとして言うルークを金髪バードは半目で睨む。 カースメーカー、というのは、一般人にとってはお伽噺の登場人物であって、仮に実在すると知られたら狩りの対象になってもおかしくない存在である。 呪い、という理解できない力で、命さえ奪う存在となれば、畏れて被害を受ける前に殺したくなるのも無理は無い。 もしも<ナイトメア>にカースメーカーが来たとしたら…確実にその情報はエトリア中に広まる。 さすがに<ナイトメア>に正面切って喧嘩を売ってカースメーカーを殺害しようとする奴はいないだろうが…<ナイトメア>も忌み嫌われること間違い無し。 …が、それを気にするギルドで無いのも確かだ。 何せ、自分たちが憧れられている、というのにすら気づかないのだから。 いや、そういうのには疎くても、悪意には敏感、という可能性もあるが。 「あのさ。 もしも、だよ?カースメーカーが仲間になったら…どうなると思ってんの?」 「どうなるって何だ?…普通に一緒に探索して、普通に分け前を与えるつもりだけど。 …特別な配慮が必要だったりするんかなぁ。 夜しか駄目とか」 あぁ、これは何も考えてないな、と金髪バードはがっくりと肩を落とした。 だが、ルークは気にした様子もなくへらへらと指を振って、悪戯っ子のようににやりと笑った。 「ま、実際仲間になってみないと、どんな相手か分からないしさ。 …つーか、その反応は、ツテがあるんだな、お前」 数秒だけ、金髪バードは下を向いたまま「いっそ、しらばっくれようか」という誘惑に駆られたが、ゆっくりと顔を上げた。 「…まあ…君には世話になってるし…聞いておくよ」 「お、助かるよ。 もしうまく渡りを付けられたら、ここかギルドに伝言残しといてくれ」 「OK。 …君達は、今から?」 「ん、今晩は、もう寝るだけ。 明日は13階の向こう岸予定だな」 「…2〜3日中には、連絡するよ」 「ありがとさん」 そうして、ルークは酒場から出ていった。 しばらく間をおいて、金髪バードも立ち上がる。 どうしよう、と思う。 カースメーカーを表に出して良いんだろうか。 ひょっとしたら、狩りが始まってしまうかもしれない。 もしもそんなことになったら、自分を呪っても呪い足りない。 けれど。 でも、ひょっとしたら。 <ナイトメア>なら、カースメーカーを普通に受け入れるのかもしれない。 そうして、世間の人にも受け入れられるようになるかもしれない。 もしも、そうはならなかったら。 全ての責任は<ナイトメア>に負わせて、自分たちは逃げれば良い。 <ナイトメア>のような暢気な集団が、世間に後ろ指を差されるようになった時、どんな風に凋落していくのかを見るのも一興だろう。 そうして、金髪バードは唇を歪めて、夜の街に消えていった。 アクシオンはスラム街に来ていた。 入り口からいつものダークハンターを呼び出して貰うと、鞭を携えた可愛い少女が二人道案内に来たので付いていく。 ダークハンター養成所(自称)の建物に入ると、すぐに金髪美女が現れた。 「あれぇ?メディックの坊やじゃなぁい。 どうしたのぉ?」 「いつもお世話になっております。 単刀直入に申し上げますと、ミケーロは使いものになってますか?」 金髪美女が顔を顰めるのを見て、あぁ、これは駄目だな、とアクシオンは思った。 さぼってるのかそれとも本当にとことん見込みが無いのか。 金髪美女は髪を掻き上げて、真っ赤な唇を尖らせた。 「…あの子ねぇ…止めちゃったのよぉ。 悪い仲間に引っ張られちゃってねぇ。 今は、強盗予備軍の下っ端じゃないかしら。 一応、不良少年どもの集団なんだけどさぁ、結局はバックに大人のワルが控えてるって、よくある話」 「…馬鹿ですね」 はぁ、とアクシオンは溜息を吐いて、首を振った。 そんなことじゃないか、とは思っていたのだが。 「もうずぶずぶですか?」 「…まだ、ただの下っ端で大きな<仕事>もしてないはずよぉ」 「間に合うかも?」 「かもねぇ。 …本人が、望めば、だけど」 金髪美女も、苛立っているようだった。 スラムでいる分、行く末が見当付いているのだろう。 それよりダークハンターとして一人立ちする方が、随分マシなはずなのに…当の本人にはその気持ちは伝わっていない。 おそらく「余計なお世話だ!俺は自分のやりたいようにやる!」って感じだろう。 それはそれで自立心旺盛だと誉めてやっても良いが…犯罪人になったら、もう遅いのに。 「すみませんが、ミケーロに会える場所を教えて頂けますか?」 「どうすんの?説教なんて聞かないわよぉ?あいつ」 「説教なんて、しませんよ。 一応、一回はチャンスをあげるだけです。 うちのギルド、サブパーティーを作ることになったので、鞭使いを募集してるんですよ」 「あら」 きらーんと金髪美女の目が光った。 <ナイトメア>の鞭使いとなれば、将来を約束されたも同然なのだ。 養成所の長としては、見逃せる話では無い。 「もし、ミケーロが拒否するなら、こちらで一人お願いします」 「うふーん、もうとびっきりの子を送っちゃうわよぉ。 …でも、ミケーロがいいの?あの子、結局、まだボンテージの一つも覚えてないんだけど」 「まあ、一回はチャンスをあげようと思いまして」 アクシオンが一回と言ったら、本当に一回である。 何度も温情をかけるほど甘くもなければ非合理でも無い。 もしも拒否したら、あっさり引き上げるつもりだった。 後でミケーロがどうなろうと、それはアクシオンの関知するところではない。 「しょうがないわねぇ。 案内するわ」 「ありがとうございます」 もう夜も更けて真っ暗な中、金髪美女に案内されて入り組んだ小路を進んでいった。 「いつもならねぇ。 この辺にたむろってんのよ」 崩れた建物の、ちょっとした空間で金髪美女はきょろきょろした。 むき出しの土の床には火を炊いた跡があり、骨やら瓶やらが転がっている。 アクシオンはその木ぎれの上に手を翳してみた。 まだ温かい。 てことは、消してすぐだ、ということだ。 「<ナイトメア>のアクシオンが、ミケーロを呼んでいます」 アクシオンは周囲の真っ暗な空間に向かって声を上げた。 決して怒鳴り声では無いが、男にしてはやや高めの透明な声質は、夜の静寂によく通っていった。 「一度だけ、です。 もしも、100数える間に出てこなければ、もう来ません。 …1、2、3、4、5、6…」 淡々とした数字が流れていく。 目を閉じて周囲の気配を探ると、幾つかの動きが見られる。 警戒はしているが、こちらに向かってくるような敵意は無いようだ。 <ナイトメア>のアクシオン、と言えば、ここでもある程度の尊敬は得ているのだ。 もちろん、熊殺しの実力も知られている。 そうそう立ち向かってこられる者はいない。 89まで数えたところで、アクシオンは目を開けた。 目にはまだ映っていなかったが、一人の少年がのろのろと柱の陰からこちらに向かってきていた。 それは、如何にもイヤそうにじりじりと進んできて、5mほど離れたところで止まった。 「…何の用だよ」 「迎えに来ました」 「はぁ?」 アクシオンは軽く手を差し伸べた。 「<ナイトメア>に本日ブシドーとメディックが加わりました。 彼らをサブパーティーとして機能させるべく、パラディンと鞭を使うダークハンターを募集することにしたんです。 …まあ、坊やをまず選ぼうとしたのは、ただの気まぐれですけどね。 坊やが特別強いってわけじゃなし」 穏やかな口調だが、内容は辛辣だ。 ミケーロが、けっと唾を吐いた。 「俺はもう、ダークハンターなんざ…」 「チャンスは一度だけあげます。 もしも、今断れば、こちらの方にお願いして鞭使いを一人斡旋して頂いて、坊やとはもう二度と会う気もありません」 ミケーロの言葉に被せるように、アクシオンは淡々と告げた。 にっこり笑って両手を広げる。 「全ては、坊やの判断に任せます。 今、俺の手を取るのも、振り切るのも、それは君の自由」 「ふざけんな!」 「語彙が乏しいですよ、坊や。 …俺はね、君を特別扱いする気はありませんよ。 だって、君程度の鞭使いは掃いて捨てるくらいいるんですし。 …まあ、うちに来たブシドーとメディックも素人に毛が生えた程度でねぇ。 一緒にハイハイから始めるにはちょうど良いと思いますので、もしもやる気が少しでもあるならいらっしゃい。 己の無力を知るには、良い機会です」 誘ってるのか怒らせてるのか微妙なところだが、アクシオンはミケーロを煽てて呼び寄せるつもりはなかった。 君でしか駄目なんだ、なんて思ってもないことを言う気など欠片も無い。 己が特別な存在ではなく、ただの有象無象であることを弁えた上で、この手を取るならフォローはするが。 ミケーロは何も言わなかった。 ただ、ぐずぐずと体を蠢かせ、背後を振り返ったり、アクシオンを見つめたりしていた。 たぶん、これまでもそうだったのだろう。 自分で決定することを避けて、その癖「あいつが言ったからそうしたんだ」と文句だけを言うような。 また数を数えた方が良いだろうか、とアクシオンが思い始めた頃、ミケーロの背中を押した者がいた。 文字通りである。 背中を蹴っ飛ばされて、ミケーロはアクシオンのすぐ近くにまで転がってきた。 「ばっかやろー!さっさと行きやがれ!」 「お前みたいな、愚図野郎、うちにはいらねぇんだよ!」 「ぐずぐずぐずぐず愚痴ばっか一人前で、お前なんざいない方が清々すらぁ!」 暗闇から、口々に罵りが聞こえてくる。 背中を押さえながら立ち上がったミケーロが、追い詰められたネズミのような様子で周囲を見回した。 「な、なんだよ…何なんだよ、お前ら…」 「もう帰ってくんな!」 「ここにはお前の居場所なんざねぇんだよ!」 聞こえてくる声は、子供ではないがまだ若い男の声ばかりだった。 おそらくは10代後半から20代前半まで。 更に年上は、また別のグループになるのだろう。 ミケーロは地団駄を踏んで叫んだ。 「うるっせぇよ!こっちこそ、お前らなんざ大っ嫌いだよ!こっちから捨ててやらぁ!」 アクシオンは眉間を揉んだ。 出来れば、本人の意思で決定して欲しかったが…ここまでされないと自分ではどうしようもないらしい。 とことん、他人に反発するのを優先するのは、根っからの性格なのか、それとも単に反抗期だからか。 「どうも、お騒がせしました。 <ナイトメア>は平等をモットーとするギルドですので、たかが駆け出しのぺーぺーにも同じように分け前を与えて、現在手に入る最高級の武具を支給することを約束します。 まあ、絶対に死なせないとまでは言えませんが、責任は持ちますよ」 アクシオンは闇の中に潜む男たちにそう伝えて、頭を下げた。 ミケーロはぶすっとして突っ立っている。 男たちは何も言わなかったが、安堵するような気配は伝わってくる。 ミケーロは、彼らに愛されていることに気づいているだろうか。 自分たちの仲間ではなく、冒険者になった方がいい、ミケーロだけでもここから抜け出せ、と背中を押してくれたことを分かっているだろうか。 今は無理でも、いずれ気づけるといいな、とアクシオンは思った。 アクシオンは合理的でただの温情には興味が無いが、こういう他人思いの行動には好意が持てた。 いつか、彼らにも報いることが出来れば良いのだが。 アクシオンは、まだ1mほどの距離で突っ立っているミケーロにつかつかと歩み寄って腕を掴んだ。 ぎょっとした様子で振り払おうとするのを器用に力を抜けさせて、さっさと引っ張る。 「それでは、失礼いたします」 「あぁあ、残念。 うちの子を推薦しようと思ってたのにさぁ」 黙って見守っていた金髪美女がミケーロの頭を小突いた。 「んだよ!悪かったな!」 「ホントよぉ?もっと<ナイトメア>に相応しい子はいるのにさぁ」 確かに、ミケーロを選ぶ必要性は全くない。 ただアクシオンと喧嘩をした、というだけの間柄だ。 「まあ、うまくやれればいいですけどね。 …あぁ、鞭の腕は期待してません。 そんなものは、実践で鍛えれば良いんです。 ただ、ブシドーとメディックがねぇ…東方人でねぇ…」 「…何だよ、言葉が通じねぇのか?」 「いえ、言葉は通じるんですが、少々礼儀作法には厳しそうな方々でねぇ…ルークですら怒鳴られてますので…」 ぎょっとしたようにミケーロの体が揺れた。 礼儀作法、なんて見たことも舐めたことも無いのだ。 「ま、ともかくはやってみればいいでしょう。 どうにも駄目なら拘束はしませんよ」 「…くそ、マジかよ…」 ぶつぶつ言いながらも、ミケーロは付いてきた。 どうやら追い出されても帰るところがない、と思っているらしい。 もしも追い出されたら、おそらく彼らはミケーロを受け入れ、代わりに<ナイトメア>が恨まれることになるだろうとアクシオンは思ったが、そこまで説明してやる義理もないので黙っておいた。 で、無事ミケーロを連れ帰ってきたのだが。 文旦はじろじろと目の前の少年を見つめた。 褐色の肌も露な皮の衣装、今は薄汚れて灰色に近い銀髪に金色の目。 どこか野良猫のような雰囲気の少年を見て、溜息を吐く。 「言うておりませなんだな。 …拙者、おなごを望んでおったのじゃが」 「あぁ、それは聞いてませんでしたね」 アクシオンは悪いとも思っていない様子であっさりと答えた。 ミケーロは体を強張らせたが、とりあえずは何も言わなかった。 しばらくまたじろじろと見た後、文旦は眼鏡の位置を直した。 「まあ、アクシオン殿のご推挙とあらば、いた仕方無し。 じゃが、最初に言っておく」 ミケーロの目を覗き込んで、文旦は殺意すら込めた視線で射抜き、低く恫喝するように囁いた。 「もしも小桃に邪な気持ちを抱けば、即刻切り捨てるぞ。 覚悟せい」 「…あぁ、なるほど、それで女性希望ですか」 アクシオンはちらりと小桃を見やった。 ミケーロにあの女性を口説けるような根性は無いだろうとは思うが…兄は全ての虫を寄せ付けないつもりらしい。 「はぁ?」 「つまり、ですね。 この方はあちらの小桃さんのお兄さんなのですが、たいそう妹さんを可愛がっていらっしゃいまして…要するに、妹に手を出すな、と言われてるんですよ」 「…出すわけねぇだろ。 俺、年下の可愛い子が好みだし」 ふん、とミケーロは文旦の手を振り払った。 ただの虚勢かも知れないが、それでも異国のメディックを前にしても萎縮する気配は無いので、まあまあやっていけそうだな、とアクシオンは安心した。 文旦もミケーロの言葉を聞いて相好を崩した。 「そうかそうか。 それは良い。 小桃も幼子に目はくれぬじゃろうとは思うが、まあ、一応…な」 「お、おさなご〜!?」 「違うのか?まだ元服もしておらぬじゃろう?」 「げんぷくって何!つーか、俺、17だぜ!?子供じゃねぇよ!」 「何と、十七!」 アクシオンはミケーロの年齢を聞いても驚きはしなかったが、見た目がやや幼いことは理解している。 それはおそらく大事な成長期に栄養不足だったためだろうが、13〜15歳と言われてもおかしくない外見なのだ。 まあ、アクシオンほどではないが。 文旦は、その年齢が気に入らなかったようだ。 小桃21歳、17歳となら釣り合わなくもない。 が、まあ外見は目の大きなやんちゃな幼子、小桃も男性扱いすることはあるまい、と無理矢理自分を納得させる。 「敵の攻撃を妨害する職業と聞いたゆえのぅ…小桃に害が及ばぬよう、励むがいい。 そして、拙者が言うたこと、ゆめゆめ忘れるな」 そうしてきびすを返し、小桃の方へと向かう文旦を見送って、ミケーロはぎこちない動作でアクシオンを振り返った。 「…あれ…何」 「ですから、あれが貴方のパーティーリーダーですよ。 ブシドー上がりですので少々厳しいですが、実際は刀も持たない後衛です。 今のところ、君はうまくやってますよ。 その調子でどんどん立ち向かっていけばいいでしょう。 …ただ」 「ただ…何だよ」 「メディックっていう者はねぇ、回復をする専門家なんですよ。 …つまり、彼のご機嫌を損ねると、回復して貰えない可能性はあります。 …俺はそういう役に立たない情緒は持ち合わせていませんけどね」 自分の好き嫌いで回復が遅れれば、パーティー全員の不利益になる。 もちろん、アクシオンは今のギルドメンバー全員を好きなので問題ないが、仮に気に入らない人間がメンバーになったとしても、同じように平等に回復する自信がある。 だが、文旦も同じとは限らない。 小桃を最優先するだろうことは予想は付いているが、それ以外のメンバーについては分からない。 今のところ、ミケーロがきゃんきゃんと噛み付いても、小桃にさえ関わらなければ全く気にしていないように見えるが、実際には探索に向かってみないとアクシオンにも判断できないのだ。 「…マジかよ…」 がっくりと肩を落としたミケーロの頭を、アクシオンは撫でてやった。 「大丈夫。 俺なんかは、坊やみたいな跳ねっ返りを見るのは好きですから。 まだ文旦がどういう仲間が好みかは知りませんが、大人しい少年よりも気に入られる可能性はありますよ」 「いや、別に気に入られなくてもいいんだけどよ…回復さえして貰えりゃ」 とにかく、小桃に近づかなければ良いのか。 しかし、その小桃を守るために雇われたらしいし。 どうしろってんだ、とミケーロは腰を下ろした。 「本格的に探索に向かうのは、後パラディンと、ひょっとしたらカースメーカーが仲間に入ってからになりますから。 それまではあの二人と親交でも深めておいて下さい」 うんこ座りのミケーロの頭を撫でていると、ぱたんと扉が鳴った。 途端に背後から悲鳴のような声が上がる。 「あ〜!アクシー、何やってんだよ!」 「あ、お帰りなさい、ルーク」 振り返ってにっこり笑い、アクシオンはミケーロの腕を掴んで引き起こした。 「以前会ってるから知ってますね?こちらがうちのリーダーのルーク。 ルーク、この子をダークハンターとして捕まえてきました」 「アクシーの顔に傷入れた奴だな!覚えてるぞ、ちくしょうめ!」 ずかずかやってきたルークが、ミケーロの首もとを捻り上げた。 「いいか、最初に言っておく。 …アクシーに手ぇ出したら追い出すからな!」 ミケーロは泣き笑いのような顔でアクシオンを振り返った。 「…こいつも?」 「まあ、いつものことです。 大丈夫、小桃さんと俺に手を出さなければ、それで問題無しですから。 カーニャはフリーですよ、良かったですね」 「んなことは聞いてねぇよ!」 うわあああ、とミケーロは頭を抱えた。 ダークハンターとしてやっていく、それは主に技術とか怪我とかそういう意味で困難な道なんだと思っていたが、それ以前に挫けそうな気がした。 何なんだよ、こいつら。 何で俺なんかに威嚇してくるんだよ。 決して、新しい仲間として諸手を上げて歓迎されるとは思っていなかったが、それでもまさか、いきなり敵意を持たれるとは思ってもいなかった。 だが、その関係者の一人であるアクシオンは長閑に笑って、ミケーロの耳に口を寄せて囁いた。 「大丈夫。 少なくとも、ルークのはただの挨拶に近いですから。 仲間内だけで通じる冗談みたいなものです」 そういや、リーダーと出来てるって噂はあったな、とミケーロは思い出した。 てっきり、アクシオンが少女として誤解された上での噂だと思っていたのだが…世の中奥が深い。 「恋敵にもなりうる一人前の男性として認められてるってことですよ。 そう考えて、喜んでおきなさい」 くすくす笑って、アクシオンはミケーロから離れた。 ご機嫌斜めにぶつぶつ言っているルークを宥めつつ、少しずつ離れていく。 その二人の会話は聞こえてこないが、自分に対するよりももっと自然で、距離が近いように思えた。 けっ、と毒づいて、ミケーロはまたその場に座った。 元からいる5人は5人で固まり、文旦と小桃は一緒にいる。 そこにミケーロの居場所は無い。 やっぱ来るんじゃなかったかな、と後悔していると、目の前が翳ったので目を上げた。 「あんた、鞭使いだって?」 部屋の中なのでブーツを脱いでいるため、少女の張りのある両足が露になっていて、ミケーロは思わず目を逸らした。 「あたしは、剣の方が強いと思うけど。 …ま、いいわ。 どうせサブパーティーのメンバーみたいだし」 つけつけと言われて、むっとして上げた顔に、ぱふっとタオルがかけられた。 「とにかく、水浴びしなさいよ。 臭いのよ、あんた。 野良犬みたい」 「んだと、こるぅあ!」 思わず怒鳴ると、一瞬だけ身を竦めてからカーニャは胸を張って手を腰に当てた。 「ホントのことじゃない。 臭いものは臭いの!あたし、不潔な人って、大っ嫌い!さっさと水浴びしてきてよ!」 年下の少女からずけずけと言われて、ミケーロは思わず立ち上がった。 カーニャもむっとした顔で睨んできたが、すぐに鼻を押さえて一歩下がった。 代わりのように、短髪のソードマンがやってきてミケーロに笑いかけた。 「まあまあ。 自分が案内するであります」 気の良さそうな大らかな笑いに毒気を抜かれて、ミケーロはふんっと鼻を鳴らしつつタオルを掴んだ。 リヒャルトは先に立って扉を出ていく。 「カーニャは口は悪いが、良い子でありまして。 お気を悪く召されるな」 「…別に」 そうして案内された井戸で体を洗い…というかリヒャルトにがしがしと洗われ、どうやらリヒャルトのものらしい大きなシャツを着る。 部屋に戻ると、アクシオンに捕まって頭に顔を埋められたので、ルークが悲鳴を上げた。 「アクシー!」 「…ん、大丈夫。 もう臭くないですね。 それじゃ、ベッドで休んでも良いですよ」 そこにあるのは、ベッドが5つ。 2人で寝ることも想定されているのか、やや大きめとはいえ、どう考えても数が足りない。 が、よく見れば文旦と小桃の姿は見えない。 「あぁ、彼らはまだ慣れてないので、宿で休むよう言いました」 壁際のベッドにはクゥとターベル、それからカーニャ、グレーテル、リヒャルトという順で座っている。 どうやら、その残り一つに休めと言われているようだ。 「…あんたらは?」 クラウドとルーク、それにアクシオンを見ると、とんとんと床を叩かれた。 どうやら寝袋で休むらしい。 「ま、明日には交代だからな。 いつもベッドで休めるとは思うなよ、こんガキ」 「部屋が決まり次第、3段ベッドの作成に入るよ」 「今日はともかくそこで休みなさい。 明日からも気疲れするでしょうから、せめて夜はゆっくり休んで、精神を万全に整えておくこと」 「…あっそ」 ミケーロは戸口側のベッドに横になった。 すぐにランプが消され、窓から入る月の明かりだけになる。 青く染まる天井を睨み付けてから、ミケーロは目を閉じた。 柔らかなベッドで休むなんて、記憶には無い。 まあ、ここは随分とおかしなギルドだし、明日からは酷い目に遭うのかも知れないが、衣食住を保証されてるのは悪くない。 気にくわなけりゃ、金だけ奪ってとんずらすりゃいいか、とミケーロは夢うつつに思った。

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吉川英治 新書太閤記 第五分冊

こちら も 抜か ねば 武 作法 という もの

火花散る死闘は見る者全てを滾らせる程、灼熱を帯びていた。 疾風が如き槍が迫る。 それも一つや二つではない。 無数の突きが心臓を抉らんと闇を駆け抜けていた。 生半な技量では捌けぬ技はしかし、いとも容易く封じられる。 その突き全てを弾き、エンピレオは距離を取った。 「どうした。 先程から芸のない。 不敵な笑みを浮かべ、まさしく槍のように鋭い闘気を漲らせる。 名を宝蔵院胤舜。 『その槍神仏に達す』とまで謳われた、無双の槍術の担い手である。 純粋な技量のみで言えば、彼はどの英霊剣豪をも上回る。 熟達した槍の技、磨き抜かれた戦いの作法。 どれをとっても一流のそれだ。 およそ人の達しうる限界、まさに無双の技を持っている。 「来ないのならば、こちらから行くぞっ!」 疾い。 いや、疾すぎる。 脳が物事を考える前に、エンピレオは防御の体勢に移っていた。 その突き、まさに神速。 如何なる技をも捌く筈が、鋭い槍の切っ先は僅かながらに肩を掠める。 これ程の槍術、もはや知覚する以前の問題だ。 生じる殺気を読み剣を構えねば、いつしかこの心臓に達するであろう。 だが、恐れはない。 神の槍すら容易く超える剣を、この身体は知っている。 あらゆる意味で、真に恐怖を覚えたのはただ一つ。 この槍を向ける相手が人外のものとは理解している。 サーヴァントといえ、あの男が纏う妖気は異常だ。 いや、奴に限らず、この場にいる全ての者が常軌を逸している。 四騎の英霊剣豪を相手取るなど、無双の槍術を持ってしても無理難題だろう。 だからこそ、死力を尽くして戦うのだ。 せめて、出逢って間もない彼女たちを護る為に。 ならばこそ、全力で命を燃やそう。 その不滅の覚悟を持ってすら、相対する剣鬼には空恐ろしいものを感じた。 凄まじいまでの殺気、今までは本気ではなかったということか。 間合いを一気に詰め、勢いそのままに斬り下ろした。 尋常ではない速度に反応が遅れる胤舜だが、持ち前の技量でそれを補いはじき返す。 あと一瞬出遅れでもすれば、今頃この身体は断ち斬られていたであろう。 それ程までの、剣。 速度も鋭さも、これまでとは段違いだ。 携える槍をより研ぎ澄まし、胤舜は神速の突きを放つ。 向こうが本気を出すというのなら、こちらもそうするまで。 限界を超え、更なる武の境地へと。 どれもが必殺の力を孕むその槍を、しかしエンピレオは平然と防ぐ。 はじき、避け、時には剣を振るう。 それに応えるかのように胤舜の槍はより速度を増していく。 もはや目に捉えられぬ程の剣戟が、今この瞬間繰り広げられていた。 無論、この剣鬼に劣っているということはない。 問題は今置かれている状況だ。 迫る鬼は、何も一人ではないのだから。 例え一人討ち果たしたとして、背後の暗闇には三人もの英霊剣豪が居る。 故に、死ぬ訳にはいかぬ。 ここで死ねば逃げた彼女達を追い、始末するだろう。 それでは食い止めた意味がない。 命を賭して、敵を討ち果たす。 それこそが与えられた天命。 無双の槍を持って、悪しき鬼共を穿つのだ。 それは武を求め続けた胤舜が辿り着いた、文字通り無双の術。 幻影のように浮かび上がる十一の形はやがて胤舜本人へ収束し、圧倒的なまでの"技"が完成された。 『朧裏月十一式』 それこそが、宝蔵院胤舜を体現する究極の宝具。 あらゆる技を凌駕し、如何なる太刀筋すらも凌ぎ切るまさに初見殺しの術。 大気が震える程の技を持ってして、胤舜は一気に踏み出した。 一撃が必殺の威力を秘める十一の槍を、まるで木偶のように。 肉は裂け、心臓は貫かれ、鮮血を迸らせながら吹き飛んでいく。 誰が見ても息絶えている、そう断言して相違ない。 事実、胤舜も確かな手応えを感じていた。 宝具を直に受けたのだ、生きているのがおかしな話。 間違いなく、槍は霊核を打ち砕いている。 ゆらりと幽鬼のように起き上がるエンピレオを目の当たりにして、本能的に恐怖を抱いたのだ。 有り得ぬ。 この槍は確と霊核を砕いたはず。 仮にそうでなくとも持ちえる技を全て叩き込んだのだ。 人智を超えた魔物とて、無事で済むわけがない。 「無双を謳うだけのことはある。 先の槍、全てを受け切るのは至難であろう。 いつ、如何なる技が来ようとも防ぎ切る。 今の自分にはその自信があった。 身体に走る、鋭い激痛を感じるまでは。 「貴様は、真の無双を知らぬ」 まるで、見えなかった。 気付いた時には、時すでに遅し。 胤舜の胴には、深い刀傷が刻まれていた。 いったいどの瞬間に斬られたのか、知覚すら敵わない。 存在そのものが消失した、そう形容してなお余りある剣。 膝を着き、溢れ出る血を見て理解した。 この男は、全く底など見せてはいなかったのだと。 それはまさしく、決して覆らない差があることの証明に他ならない。 完敗だ。 そして、敗北した者に残されている道はただ一つ。 鬼よりもたらされる確実な死が、眼前に迫っていた。 自身が斬り捨てた相手に向き直り、エンピレオはゆっくりと歩み寄る。 「おおっと! そこまでにして頂きますよ、エンピレオ」 そうして刀が振り下ろされる寸前、いやに耳障りな声が耳に届いた。 見ると、闇より現れる妖しげな男。 何故ならアナタもまた、英霊剣豪の一人なのですから」 リンボが言い終わると同時に、胤舜の足元には紅い五芒星が輝いていた。 一度囚われたが最後、肉体の自由は奪われ一切の抵抗は敵わない。 ただでさえ深傷を負った胤舜に、この状況を打開することは不可能であった。 卑しく笑う悪鬼の魔手を振り払うことさえ敵わぬ。 彼女らは無事に逃げおおせただろうか。 せめてもの、無事であればそれで良い。 自身が守った者達を案じる胤舜に、リンボの魔手が触れようとした、その時であった。 両者を分かつように飛来する刃は音もなく迫り、寸でのところでリンボは離脱する。 直後に真空の刃が炸裂する。 それは射線上の物体の尽くを斬り裂き、道を拓く程であった。 こんな馬鹿げた真似が可能な者は、一人しかいない。 暗い闇を斬り裂くような剣気を携え、葦名一心はその姿を露わにした。 刹那の時ですら気を弛めることなど出来はしない。 不死斬りの前では死なずの身体など無意味なのだから。 人すら射殺す鬼の殺気だが、まるで一心は介さない。 どころかそれすら斬り裂く剣気を揺らめかせ、刃のような眼光を放つのだ。 やがて一心は胤舜の前に立つ。 英霊剣豪のような、禍々しい妖気はない。 研ぎ澄まされた、気高い剣気を彼から感じ取れる。 今の胤舜にとって、葦名一心の存在は大きかった。 サーヴァントとして、何より武を歩む者として、一心の纏う気というものは明らかに英霊剣豪とは異なる。 それは一目見た瞬間からはっきりと感じ取れた。 それはいわば、『武』そのもの。 自身と似通い、それでいて天地の差がある。 無双の名を冠するこの槍ですら、一心を超えることは敵わぬだろう。 それ程までの、強者の気色。 その身より溢れ出る剣気が何よりの証明だ。 「お主は下がっておれ。 じゃが、儂は 斬れる ・・・ のよ」 一心が見せた剣を見て、胤舜はえも言えぬ何かを感じた。 その剣はあまりに異様だ。 どす黒い波動を纏い、見るもおぞましい妖気を携えている。 「悠長に話している暇があるとはな」 その瞬間、剣鬼が迫る。 胤舜と相対した時とは比較にならない速さだ。 本気も本気、是が非でも斬らんとする気迫。 全開の剣が空を裂くが、しかしそれが届くことはなかった。 ぎしりと、一心が構えた不死斬りがエンピレオの刃とせめぎ合う。 容赦のない一閃だ。 依然とは全く違う、一欠片の驕りもない剣。 不死斬りの傷が癒えたのかは知らぬが、これならば興が乗るというもの。 獰猛な笑みを刻み、剣を握る手にもより力が込もる。 「カカッ! 良い剣じゃ」 「ほざけ」 それ以降、両者が語らうことはなかった。 言葉など不要、ぶつかり合う剣があればそれで良い。 一心が刃を飛ばすなら、剣鬼は神速の居合を放つ。 そしてその尽くをいなし、返す。 互いに一歩も引かぬ、文字通りの真剣勝負だ。 例え悪逆を尽くした鬼だとしても、エンピレオに見上げる程の技があるのは事実。 彼らの死合を目前にし、いつしか胤舜は魅入っていた。 傷のことなど意に介さず、美しい剣戟に。 武を志す者として、魅入らずにはいられなかったのだ。 如何に一騎当千の武を誇ったとて、枷があれば十全たる力は発揮できない。 傷付き動けぬ胤舜を庇いながらでは、さしもの一心とて攻め入るのは至難の業だ。 相手は剣聖に勝るとも劣らぬ至高天、一手仕損じれば刃が届く。 不死たる一心が死ぬことはないが、しかし胤舜はどうだ。 ただの一太刀さえ致命のものとなるだろう。 甲高い剣の嘶きが響き渡り、熾烈を極める死合がひと度止まった。 鍔迫り合いのまま、二人の剣客は鷹すら射殺す眼光にて睨み付ける。 「足手まといがいては貴様も形無しだな」 「抜かしよる。 邪魔な思考は剣先を鈍らせ、斬れるものも斬れぬ。 だからこそ、貪欲なまでに戦いへ身を投じた。 迷いを捨て、驕りではなく誇りを抱く。 自らの剣を信じ、魂を宿して敵を斬る。 数え切れぬ程の戦場こそが剣聖たる所以なのだ。 たかが手負いの英霊一人抱えたとてどうということはない。 しかし、途方もない剣だとして、敵はそんじょそこいらの雑兵ではない。 悪に染まり、血に飢えた鬼そのもの。 通じぬ道理もあれば斬れぬ道理もまた然り、一辺倒の猛攻だけでは仕留めることは出来ぬだろう。 無双の剣を誇る一心ですら、必ずしも斬れる訳ではないのだ。 一度ならず二度までも、抜け出すのは何とも容易い。 だが、だとしても動きは止まる。 刹那の隙、もがけぬ空白。 それが何を意味するか、解せぬ程一心は愚かではなかった。 目にも止まらぬ、とはまさにこのことを指すのだろう。 至高天の一閃は、過たず一心の右腕を断ち斬る。 あまりに鋭い切り口故か、腕が分かたれてより数秒遅れ血が吹き出る程であった。 死合の中、得物を持たぬことが何より問題だ。 不死斬り自体はそう遠くに離れ落ちてはいないが、みすみす取りに行くなど自殺行為。 それを許す程、腑抜けた連中ではない。 それにただの一歩でも離れれば真っ先に胤舜を狙うだろう。 元よりこの場を離れることなど出来ぬのだ。 剣聖に訪れる、絶対的な危機。 さしもの一心とて、剣を持たぬとなれば力など発揮出来ようものか。 同格の敵を前にしては尚のこと、果たしてどこまで立ち回れるのか。 一切鏖殺、遍く全てを殺す技が飛来する。 女将は紫電を、鬼は魔爪を。 二つに一つなどという甘えを殺し、死を齎す様はまさに必殺。 防ぐも避けるも出来ぬ一心目掛け、血濡れの殺意は迫る。 如何に不死の身とはいえ、斬れぬ訳ではない。 その身は人と何ら変わらず、刃を突き立てれば容易く貫かれる。 鬼の如き技を受けたならどうなるか、想像に難くはない。 無論、がらんどうに受けるつもりは毛程もない。 例え剣がなくとも一心にはまだ"武器"がある。 今こそ、それを使う瞬間だろう。 「やあああっ!!」 駆け抜けるは刀。 迸るは魂。 全霊の一振は悪鬼の技とぶつかり合い、そして弾き飛ばした。 鈍じゃこうはいかないわね」 現れたのは、女侍。 凛とした剣気を纏い、それでいて熱い血潮を走らせる。 二刀の技を操り、後々にまで語られるほどの英雄。 史実と仔細こそ異なれど、その強さは紛うことなき本物であった。 弾かれ、後退する二人の鬼。 同様に武蔵も退き、胤舜を護るかのように剣を構え立つ。 彼女達なら大丈夫よ」 逃がした筈の武蔵が現れ、大きく困惑する胤舜。 奴ら相手では敵わぬと悟り、自らが囮となったというのに舞い戻っては意味がない。 しかし、今の彼女は何かが違う。 纏う気迫もそうだが、何よりその右手に持つ刀。 異様な雰囲気を放つその刀身は、まるで一心の持つ不死斬りのよう。 先の一撃をいなしたことといい、あれも死なずを殺す一振だというのか。 その刀への関心は胤舜のみならず、一心でさえ抱くもの。 見事な業物だが、それ以上に並々ならぬ魂が込められた一振だ。 打った匠は余程の腕の持ち主なのだろう。 だが最も一心が引き寄せられたのは武蔵の剣だ。 実に鋭く、迷いのない一閃。 女の身でありながら、自身に勝るとも劣らぬものと言えるかも知れぬ。 斬られた腕など気にも留めず、一心は彼女の隣に並び立つ。 「中々良い太刀筋じゃ! 武蔵、と言うたのう。 良くぞ参った」 「貴方こそ。 一度刃を交えたからこそ分かる、彼らの力量が尋常ならざるものと。 馳せ参じたのも半ば賭けでしかなく、よもや勝てるなどとは思わないのが武蔵の本音であった。 胤舜が生きているのなら良し。 都合が良いと言われればそれまでだが、だとしても胤舜を見殺しにするなど出来る筈もなかったのだ。 故に一心が居たのは予想外であり、僥倖でもあった。 どのような英霊かはさておき、奴らとは異なるのは一目瞭然。 自分が参上するまで胤舜を守り通したのであれば、その力は英霊剣豪に迫るものがあると見ていい。 事実、一心より溢れる剣気はこれまで見てきたどの剣客よりも凄まじいものだ。 しかし、それも五体満足であればの話。 片腕と刀を失い、抗う術を失くしたとあれば太刀打ちなど敵うまい。 胤舜でも勝てなかった相手を、ましてや無手でなどと。 「斬る、だと? 腕も、得物も失った貴様など赤子と同義。 エンピレオの言葉は至極当然だ。 これ程の敵を前に無手などと、例え武蔵の加勢があったとてまともに戦える訳もない。 それに胤舜を庇いながらでは、どう足掻いても及ばぬ壁がある。 嫌でもそれを理解しているからこそ、武蔵の顔は晴れなかった。 先の戦いよりも上物を手にしているとして、あの悪鬼羅刹共に太刀打ち出来るのか。 ただでさえ差が如実であるが故に、この戦況を覆すのは並大抵ではない。 駆けつけたはいいものの、死ぬ率の方が遥かに高いだろう。 そんな彼女を尻目に笑う一心。 にやりと口角を上げるその顔には一欠片の焦燥もなく、並々ならぬ自信に満ち溢れている。 まるで己の勝利を信じて疑わぬような、そんな面持ちだ。 どういうことだ。 エンピレオを含め、この場に居る全員が疑問を浮かべた。 どう見ても勝機は薄く、勝てる見込みなど介在しない。 片や剣と腕を失い、片や先に敗走した女侍。 そこに加えて深手を負った坊主となれば、誰も彼もが死を免れぬと考える。 地面は揺れ、大地に亀裂が走る。 その根源たるは、一心。 踏み付けた脚により抉れたその地面から、一心は何かを掴み取り出した。 離れた間合いより敵を穿ち貫く十文字なり。 剣がなくとも、槍がある。 槍がなくとも、拳がある。 あらゆる流派を呑み込み昇華させ、己が技として肉体に刻む。 それこそが葦名流の真髄なのだ。 およそ片手では振るえぬそれを軽々と持ち上げ、一心は吼えた。

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