浄土宗と浄土真宗の違い 教えて。 浄土真宗の宗派の歴史(種類と割合・違い)

浄土宗と浄土真宗3つの違い・どっちが助かりやすい?

浄土宗と浄土真宗の違い 教えて

浄土宗と浄土真宗の違い は、平安時代の終わりに上人の開かれたです。 当時、あまりに急速に広まったために権力者からの弾圧を受け、 法然上人の教団はちりぢりばらばらになりました。 そのためは、法然上人のお弟子によって、色々なに分かれています。 現在も残るのは、 1.弁長の鎮西派、 2.証空の西山派、 3.のの3つです。 その中、現代で1番多いのは、で、 現在といわれているのは、 そのほとんどが2番目に多い、鎮西派です。 どのような違いがあるのでしょうか? 浄土宗と浄土真宗の3つの違い 1.本尊 の本尊は、の木像や絵像ですが、 はの名号のみを本尊とします。 (この違いを分かりやすく、の8代目、蓮如上人は、 「他流には「名号よりは絵像、絵像よりは木像」というなり。 当流には「木像よりは絵像、絵像よりは名号」というなり」 と言われています) また、西山派では、本尊は阿弥陀如来ですが、さらに、では何かのご縁で阿弥陀如来以外の仏やを本尊としてもさしつかえないとしています。 2.出家と在家 には、仏教の伝統があり、もあります。 は、親鸞聖人の肉食妻帯により、 しなくても救われることを明らかにされ、 ももありません。 3.臨終行儀 では、臨終行儀を行いますが、 では、臨終行儀を行いません。 なぜこのような違いが出てくるのでしょうか? 浄土宗と浄土真宗の共通点 も、も、共通しているのは、 の本願の救いを求めることです。 なぜなら、お釈迦さま自身も含めて、 のお弟子である、やのような諸仏には、 でのできる、過去世からをしてきたすぐれた人でなければ 助ける力がないとお釈迦さまが説かれているからです。 私たちのようなややのに満ちた者は、 罪が重すぎて浮かばせることができないのです。 ちょうど、海で溺れている人が、 浮かばせる力のない浮きにすがったら、 浮きも一緒にどんどん沈んで行くようなものです。 そこで、私たちを助ける力のある 諸仏の王であるに助けてもらおうとするのが、 の共通するところです。 このように、の本願の救いを求めるのは共通しているのですが、 そのの本願の信じ方が違います。 一体どのように違うのでしょうか? 1.浄土宗鎮西派の信じ方 は本願に、このようにお約束されています。 「 どんな人も私の与える信心を獲てを称える者が、 もし真実の浄土へできぬことがあれば、私は仏の座を捨てよう」 ところが弁長の鎮西派では、 まったくのお力だけで助けてもらえるということはありえないだろうと疑って、を称えた功徳によってを願います。 に助けてくださいと祈願して、 一日5万回6万回とを称えることによって、 信心決定し、臨終にの来迎にあって、 へ往き、正定聚のに生まれます。 「 正定聚」とは仏になるに定まった人ということです。 ただし、この世でどれだけを称えたかによって、 どんなに生まれるかは差別があります。 さらに、の本願にお約束された行ではない 以外のも、諸仏に共通の本願なので、浄土できる教えます。 そして、もあります。 このように、鎮西派の教えには、のやのが混じりこみ、 のみを勧められた法然上人の教えとは大きく異なります。 浄土宗の有名な僧侶の事例 実際、ので浄土できるのでしょうか? ので往く浄土は「 報土」という万人共通の浄土ですが、 ので往く浄土は、報土の周りの「 化土」といわれるところです。 を称えているといっても、の場合は、人それぞれ違いがあります。 を何回称えたのかなど、その人のその人のたねまきによって にしたがって、 生まれる化土は千差万別だとお釈迦さまは説かれています。 ですから、の塊で、罪の重い私たちは、 ちょっとやそっとのでは化土へは往けません。 化土へ往けるほどを称えていれば、 死んで化土へ往けます。 それは一日何万べんものを 死ぬまで称え続けなければなりません。 明治時代、の管長で、本山の知恩院の住職もつとめた 福田行誡(ぎょうかい)というは、 一日何万べんものを死ぬまで称えていたと言われます。 その福田行誡は、臨終に、 「 化土へ往ければいいがな……」 と言って死んだそうです。 これが阿弥陀仏の本願を疑う心です。 このように、疑いのあるのでは、 報土は絶対にできませんし、 化土へ往けるかどうかも、死んでみないと分かりませんから、 死ぬまではなくなりません。 2.浄土宗西山派の信じ方 証空の開いた西山派では、の諸行ではできず、 まったくによって救われるとしています。 ところが、まったく他力というもの、人間には仏性があり、その仏性を主体として、願生心をおこして阿弥陀如来のお力で救われるといいます。 これを「 領解(りょうげ)」とか「 安心(あんじん)」といいます。 安心や領解が起きれば、諸行をの中におさめて、は往生の為になるといいますので、 「 諸行を生け捕りにした」 と言われています。 このように、自分で願生心をおこす所や、救われた後に自分でやる善が往生のためになるところは、やはりが混じり込んでいます。 このように、自分の心と口と身体の行いが、救われるのに役立つとするのは、諸行といい、 の本願にかなわないため、 自力では真実の浄土はできません。 3.浄土真宗の信じ方 親鸞のではどうかというと、 のお約束を疑いなく信じ、 生きているときに苦悩の根元を断ち切られて、 生きているときに、この世で正定聚のになります。 これが大安心、大満足の絶対の幸福です。 そして、死ねばへ往って仏に生まれます。 報土です。 そのため、真のであるということで、 といわれます。 このように、浄土宗と浄土真宗の一番大きな違いは、自力がまじるのか、まったく他力なのかという所にあります。 それによってその他の色々な違いが出てきますし、一番重要な救われるかどうかも変わります。 では、どの宗派が正しく教えを継承しているのか、法然上人に判定して頂きましょう。 法然上人の教えを正しく継承しているのは? まず、法然上人は、 「 浄土門に入らんとおもわば、正雑二行のなかに、しばらくもろもろの雑行をなげすてて、えらんで正行に帰すべし」(選択本願念仏集) と教えられています。 浄土門に入るには、雑行をすてて、正行に帰しなければなりません。 「 正行」とは、阿弥陀如来に向かっての正しい行を正行といいます。 「 雑行」というのは、ここではそれ以外の行をいいます。 ですから、御本尊は阿弥陀如来ではない仏や菩薩はなげすてなければならないのに、さしつかえないとなると、浄土門とは言えません。 まず大前提として、阿弥陀如来に助けて頂くのが浄土門であり、浄土宗です。 では法然上人は、阿弥陀如来をどのように信じなさいと教えられているでしょうか。 まず自力というのはどういうことかというと『 和語燈』にはこう教えられています。 「 自力というは我が力を励みて往生を求むるなり。 他力というは唯仏の力をたのみ奉るなり」(和語燈) 自分の力を励んで助かろうとするのは自力といいます。 他力というのは、ただ仏の力をたよりにすることです。 唯というのは、二つも三つもない、唯一つということで、仏の力だけに打ち任せるということです。 そして、このように教えられています。 「 我らが往生はゆめゆめ我が身の善悪には依り候まじ。 偏に仏の御力計にて候べきなり」(和語燈) 往生は自分の善悪には決してよらず、まったく阿弥陀仏の御力だけによる、ということです。 また、こうもいわれています。 「 我が力にて生死を離れん事、励み難くして、偏に他力の弥陀の本願をたのむなり」 自分の力で生死を離れることはできないから、ひとえに阿弥陀如来の本願他力によれ、と教えられています。 救われるのは100%阿弥陀仏のお力である、ということです。 念仏についてはこう教えられています。 「 他力の念仏は往生すべし。 自力の念仏は全く往生すべからず」(和語燈) 他力の念仏は助かるけれど、自分の力が往生のためになると思って称える念仏では、助からないということです。 このように、法然上人は、自力では助からないと教えられているので、現在残っている宗派で、法然上人の教えを正しく継承し、自力をすてて他力に帰せよと教えられるのは、浄土真宗となります。 それで歴史上、自力を徹底的に捨てよと教えられる浄土真宗では、 以外でも、たくさんの在家の人がに救われてきました。 それらの喜びの身となった人をといわれます。 そのことを宗教哲学者の柳宗悦さんは、 「 もとより妙好人はに現れるはずであるが、 なぜか系の仏徒から圧倒的にたくさん現れてくるのである」 と言っています。 なぜ浄土真宗で救われた人が多いのか なぜ妙好人が浄土真宗から圧倒的にたくさん現れるのかという疑問の答えは、浄土宗には自力がまじりますが、浄土真宗は、純粋な他力だからです。 そのことを浄土真宗の8代目の蓮如上人は、こう教えられています。 「 されば自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す。 わが聖人は雑行をえらびたまう。 この故に真実報土の往生を遂ぐるなり。 この謂あるが故に別して真の字を入れたまうなり」(御文章) 「 雑行」というのは、ここでは自力のことです。 「 自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す」というのは、浄土真宗以外の浄土宗は、自力を許すということです。 「 わが聖人は雑行をえらびたまう」というのは、親鸞聖人は、自力を捨てよと厳しく教えられるということです。 「 真実報土の往生」というのは、本当の極楽往生のことですが、自力では本当の極楽には往生できません。 自力を捨てるから、生きている時に阿弥陀仏に救われ、死ぬと同時に、極楽へ往って仏に生まれるのです。 このように、本当に救われるのが浄土真宗だから、浄土宗に真の字を入れて、浄土真宗といわれるのだ、と教えられています。 ではどうすれば、生きているときに苦悩の根元を断ち切られて、 に救われ、死んでへ往けるのかについては、 仏教の真髄ですので、小冊子とメール講座にまとめておきました。 ぜひ読んでみてください。

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浄土真宗の東本願寺と西本願寺の違いとその歴史とは?区別方法は?

浄土宗と浄土真宗の違い 教えて

今回「終活ねっと」では浄土宗と浄土真宗に関して以下のような事柄を中心に説明していきます。 浄土宗と浄土真宗の歴史• 浄土宗と浄土真宗のちがいについて 時間がないという方やお急ぎの方も、知りたい情報をピックアップしてお読みいただけます。 ぜひ最後までお読みください。 時代背景 浄土宗と浄土真宗は、平安時代の終わり頃に開かれました。 朝廷では摂関政治が幕を閉じ、院政が行われている時代です。 当時、寺院は土地や僧兵という武力を持っていて、朝廷にも発言できるような強い勢力になっていました。 院政を行っている上皇たちも、自分たちの権力を安定させるため、寺院を後ろ盾にしていたのです。 このように、当時の仏教とは、個々人を救済する宗教ではなく、国家の安定のために存在するものでした。 同じ時期、世の中には武士が台頭し始めて、治安が悪化していました。 庶民の間では「末法思想」という「この世は終わりだ」という考えが広まって、不安感が大きくなっていったのです。 浄土宗と浄土真宗の成立 浄土宗 浄土宗の開祖は、法然上人です。 法然上人は幼い頃より仏教を学び、天台宗の本山、比叡山で厳しい修行に励みました。 若くして勉学に励む法然上人は、周りから注目され期待されますが、自身が望むような真理に出会うことはなかなかできませんでした。 しかしながら、修業の中で出会った『往生要集』を熟読していくうちに、「阿弥陀仏の名をたたえて、念仏を称えれば極楽浄土に往生できる」という教えに感化されます。 そして、1175年、ただ念仏を称えれば誰でも平等に往生できるという、専修念仏の教えを説きました。 こうして、浄土宗が開かれたのです。 今までの仏教では、厳しい修業を行った者や財力や権力を持つ者だけが救われると考えられていました。 このため、「『南無阿弥陀仏』を称えれば誰でも平等に極楽浄土へ往生できる」という浄土宗の教えは、庶民から圧倒的な支持を得て広まっていきました。 日本で最初の、庶民に開かれた仏教の教えとも言えます。 浄土真宗 浄土真宗の開祖は、法然の弟子だった親鸞聖人です。 親鸞聖人が法然上人の教えを否定して、新しい宗派を作ったものだと勘違いされがちですが、実際には、親鸞聖人は法然上人のことを生涯に渡り尊敬しており、自ら新しい宗派を開こうと考えたことはなかったそうです。 法然上人の浄土宗が広まっていく中で、その人気を恐れた既存の宗派や朝廷が法然上人やその弟子たちを弾圧し始めます。 法然上人と弟子たちは各地に流罪になり、その中で弟子同士で法然の教えについて解釈に差異が生じていきました。 親鸞聖人も越後に流罪となったとき、「非僧非俗」という立場を取ります。 これは僧侶のような浮世離れした人間ではなく、今生きている人間に教えを説くというものです。 その一環として、親鸞聖人は越後で結婚をして、子どもにも恵まれました。 浄土真宗では、浄土宗を基礎にしながらも、解釈の異なる部分があります。 絶対他力 浄土宗・浄土真宗のいう「他力」とは、阿弥陀如来の本願力のことです。 浄土宗では、念仏を称えるという行いにより救われるという「他力本願」を説きますが、浄土真宗では、念仏を称えようと思ったときにはすでに救われているという「絶対他力」を説いています。 行いなのか、心なのかという違いがあるのです。 悪人正機説 人には皆悪いところがあるので、悪人ですら救われるという教えです。 肉食妻帯を認める どんな生き物でも、生きるためには殺生をしなければなりません。 また、次世代に子孫を残すためには、結婚することも必要です。 つまり、肉食妻帯はごく自然なことで、それを絶たなければ救われないというのは、逆に不自然だという考えによります。 浄土宗と浄土真宗の具体的な違い 同じく「南無阿弥陀仏」という念仏を称え、極楽浄土への往生を祈る両宗派ですが、違いはどこにあるのでしょうか? お経 両宗派とも、「浄土三部経」を教えのよりどころにしています。 浄土宗では他の宗派でも採用されている「般若心経」も読みますが、浄土真宗では読みません。 般若とは、智慧という意味です。 般若心経を読むことは、人間が仏の智慧を得てその道を進むことを目指しています。 けれども、浄土真宗では「絶対他力」という考えがあるので、人間が智慧を得る必要がないのです。 仏壇 仏壇の飾り方にも違いがあります。 大きく違うのは、ご本尊である阿弥陀如来の姿と掛け軸です。 浄土宗 阿弥陀如来は、舟形の光背のついたものです。 掛け軸は、向かって右側が「善導大師」、向かって左側が「法然上人」です。 浄土真宗 阿弥陀如来は、頭光と光背が付いているものです。 掛け軸は、向かって右側が「親鸞聖人」、向かって左側が「蓮如聖人」です。 まとめ いかがでしたか? 浄土宗と浄土真宗の関係性をご理解いただけましたでしょうか。 どちらも、平安時代から現在まで長く人々を惹き付ける宗派です。 今も昔も、人が往生を願う気持ちは変わらないのでしょうね。 「終活ねっと」では様々な記事を紹介しています。 鎌倉新仏教についても知りたい方は、こちらの「終活ねっと」の記事をご覧ください。

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浄土宗と浄土真宗3つの違い・どっちが助かりやすい?

浄土宗と浄土真宗の違い 教えて

【あつし 2009年01月24日 11:56】 <tonia irさん 23 (続き) 浄土宗と浄土真宗の違いについては、私見だと、以下のような三点の違いがあると思います。 まず、一番大きな違いは、「南無阿弥陀仏」の「南無」(=帰命)の意味の解釈が違うということがあると思います。 浄土宗だと、「南無」は私が「南無」すること、つまり私が阿弥陀仏に帰命する、という意味だと説くようです(いとーさん、違ったら補足お願いします(^^;w) つまり、「阿弥陀様にお任せします」あるいは「阿弥陀様、おたすけください」と、私が阿弥陀様に頼む、請求希願の意味に「南無阿弥陀仏」を受け取るみたいです。 で、浄土真宗だと、「南無」、つまり「帰命」を、「帰せよの命」と受け取ります。 つまり、阿弥陀仏が、「私にたのみなさい」「私に帰ってきなさい」という、私の側のはからいではなくて、阿弥陀仏の側の呼び声と解釈するんですよね。 ですので、「南無阿弥陀仏」は、「たのめ・たすくる」という如来の側の呼び声であり、わがはからいではないということになります。 ですので、浄土真宗は、自分が称えるのではありますが、同時に「聞く念仏」ということが言われます。 どちらが良いとか悪いとか、正しいか間違っているかということではなくて、そういう違いがあるとは言えると思います。 まぁ、ただ、称えなくちゃ聞けませんし、称えていれば聞いているのでしょうから、とても御念仏されている浄土宗の念仏者と、ぜんぜん称名しない浄土真宗の念仏者では、断然浄土宗の念仏者の方が結果として聴いていることにもなるんじゃないかなあと私は思います(^^;w 逆もまたしかりかもしれません。 次に、二つ目の違いとして、浄土宗では「称名正定業」、浄土真宗では「信心正因・称名報恩」ということが強調されます。 で、この二つはべつに矛盾することではなくて、同じことなのですが、説き方が違うんですよね。 法然上人が、「称名正定業」ということをお説きになられ、その心を親鸞聖人・蓮如上人が「信心正因・称名報恩」とわかりやすく細かく説明された、ということだと私は思います。 「称名正定業」というのはどういうことかと申しますと、tonia irさんやどろさんが上記でおっしゃってくださっているように、「凡夫は称名念仏で浄土往生する」ということです。 これ以外に難しい理屈や難行苦行は要らない、ということです。 一方、「信心正因・称名報恩」とはどういうことかというと、「称名正定業」に間違いはなくて、そのとおりなのだけれど、では何が浄土往生の原因になるのか、ということに着目したことです。 「称名正定業」というと、私が称えた念仏の功徳で浄土に往生するように勘違いしてしまい、実際にそのように間違えて多念義という異安心に陥る人も当時いたようです。 多念義とは、たくさん自分が努力して念仏を称え、一万、十万と称えた、そのはからいの功徳によって浄土往生するという考えです。 ですが、法然上人も善導大師も、そうは言ってないんですね。 でも、あんまり詳しくはその点については説いてらっしゃるず、まずはお念仏なさいということに力点を置いていたわけです。 そこで、親鸞聖人が、浄土往生はあくまで如来様の働きにあり、その如来様の働きを受けとめた信心によって浄土に往生することが決定する、したがって称名の功力ではない、ということを説かれて、称名念仏はあくまでも浄土往生が決定したことへの感謝・御恩報謝の念仏だと説かれたわけです。 ただ、まぁ、これはどう説くかの力点の置き方の違いですから、べつに「称名正定業」が間違っているとかいうことでは決してありません。 親鸞聖人は「信別開」といいまして、その中でさらに「信心」を開いて精緻に解説してくださった教えを説いた、ということだと思います。 (続く) 【あつし 2009年01月24日 12:06】 (上記の続き) 三つ目の違いとして、やっぱり歴史的な経緯が違うと思うんです。 浄土宗は、法然上人の弟子の聖光上人・源智上人・証空上人といった方を中心に法然上人の教えが伝えられたものであり、浄土真宗は法然上人の弟子の親鸞聖人を中心に法然上人の教えを伝えたものですから、おおもとは法然上人で同じですが、その後の歴史的な経緯が違います。 特に、浄土真宗は戦国時代に一向一揆として武士や権力層と対決し、江戸時代においても農民や町人に主に支持された、いわば庶民の宗教だったのに対し、浄土宗は徳川家康が深く帰依して歴代将軍の菩提寺になった関係もあり、幕藩体制において幕府権力の強い庇護のもとに発展したという経緯はあったと思います。 ただし、浄土宗でももちろん庶民で帰依する人も多かったでしょうし、浄土真宗の側も時の権力に迎合したような時代もあったでしょうから、一概には反権力と権力の側と単純には言えないと思います。 また、もうひとつ歴史的な経緯ということになるのでしょうが、江戸時代までは、浄土宗ではわりと戒律が重視され、僧侶は肉食妻帯は禁じられていたようです(これは禅宗や密教などの他の宗派もすべて禁じられていました)。 一方、浄土真宗は、江戸時代から肉食妻帯が許可されていました。 明治以後、どの宗派も肉食妻帯を僧侶が行うようになってしまったので、今はあんまり違いがわかりにくくなっていますが、そういう歴史的な経緯はあるみたいです。 あと、浄土宗では「五重相伝」という儀式が重要視されるようで、在家の人も在家用の五重相伝が受けられるそうですが、そういった儀式面で浄土真宗と違う特色があるみたいです。 浄土真宗では、「帰敬式」などの儀式があることはありますが、概して簡略なようです。 また、浄土宗が「称名正定業」を重視するせいか、「別時念仏会」など、みんなで集まって木魚をたたきながら念仏を集中していっぱい称えるという集まりがあるのに対し、浄土真宗ではあまりそうしたことはないようです。 その代わり、浄土真宗では「信心正因」と、「信心をとる」「信心をいただく」ことが大変重要視されるので、報恩講や永代経といった行事で、各お寺で盛んに御法話を聴く場が設けられ、「聴聞」ということが重視されます。 浄土宗でも御法話はもちろんされるようですが、どちらかというと浄土真宗の方が聴聞重視のようです。 以上のような違いが、あるのではないかと思います。 あつしさんが適切な解説してくれてますので、 私は念仏と信心の関係についてのみ、若干の補足と私見を述べたいと思います。 今日「浄土真宗」というと、親鸞聖人〜覚如上人〜蓮如上人という流れにある「文化」が代表的ですが、 一方で親鸞聖人の流れを汲みながら、覚如上人〜蓮如上人の影響を受けない「文化」も存在しており、 例えば高田派の教義は、浄土宗に属する私の「文化」に極めて接近したものである印象を受けます。 〜〜以下別トピックからの引用〜〜 真宗高田派の「文化」を見るとすごく面白いんですよ。 「念仏高田」との言葉が伝わり、また高田派中興真慧上人の著『顕正流義抄』 にも書かれているように、極楽浄土に往生するためには、 信行具足の称名念仏が大事であるとする。 称名念仏は信心を得た後の報恩行であるとし、 念仏よりも信心を重視する考え方は、高田の宗風ではない。 (つづく) 【『顕正流義抄』における流儀の顕正】 真慧上人は『顕正流義抄』において、 こういう高田派の「称名重視」の姿勢を批判するものに対して反論しておられて、 その部分を栗原先生が現代語訳にしてまとめてくださってますので、 以下に紹介します。 ・・・・・・以下引用・・・・・ 1)「念仏申して助かろうとするのは自力である」に対して こころに仏の本願をたのまず、礼拝もせず、 口に名号をとなえることなくたすかろうと思うことこそ、 それこそ本当の自力である。 すでに如来におまかせをして、名号をとなえようとする者を 必ずたすけようとの誓いであるから、 私たちが仏の御誓いをたのみとしてたすかろうと思うことこそ、 この上ない他力である。 どうしてそれが自力となるであろうか。 『真宗史料集成』第4巻 以下『集成』 5頁 もとより当流の教えの要は、往生を仏にまかせ、 行者のふるまいとして称名をすすめるのであるから、 私の心が善い心であっても悪い心であっても、 ただ南無阿弥陀仏とたのむだけである。 このことは、わが心にたのみ、口に称える念仏と似てはいるけれども、 それは弥陀如来が施し与えてくださった行いであり、 如来が起こさせてくださった心なのである。 だから、他力の行、他力の心というのである。 『集成』6頁 というように、念仏は本願に誓われた念仏であり、如来回向の念仏であって、 我がはからいによって称える念仏ではないから自力でないことを示され、 その所論の根拠を、 「これ行者の我が起し行ずるに似たりと言えども、 往相回向の大行・往相回向の大信、まさしく他力なり」 と『教行証』に判じられた。 『集成』6頁 と、親鸞聖人の『教行信証』の「行文類」と「信文類」の意を要約したものを、 挙げて述べておられる。 2)「念仏申して助かろうとするのは十九願の心、諸行往生の意である」に対して 元祖上人 法然 は、 「弥陀如来、余行をもちて往生の本願とし給わず。 ただ念仏をもちて往生の本願とす」と釈し、 「南無阿弥陀仏。 往生の業には念仏を本とす」と言われている。 善導大師は「称我名号」と解釈し、 法然上人は「念仏本願」と明らかにし、親鸞聖人は「称名正定業」と おっしゃっている。 経文や祖師方の解釈によって明らかである。 『集成』7頁 と、十八願文と成就文、善導・法然・親鸞各師の言葉に基づき、 「念仏申して助かろう」とするのは、第十八願に誓われた本願の念仏であって 十九願の心、諸行往生の意ではないことを強調される。 さらに、 信というのは、本願の名号を聞いて疑わないことであり、 行というのは、疑いのない心で名号を称えることを言うのである。 だから親鸞聖人は「行を離れた信もなく、信を離れた行もない」 とおっしゃっている。 『集成』7頁 と、親鸞の『御消息』の一節を挙げて信行不離の念仏であることを示し、 疑論を論破しておられるのである。 私達は、阿弥陀仏に救われることでしか恩返しはできません。 何にもできない私が阿弥陀仏に恩返しできることは、阿弥陀仏の慈悲を無駄にしないことだけです。 そのために、阿弥陀仏が私のために作ってくれたシステムを無駄にしないことが大切になり、 阿弥陀仏の本願を信じ「信心を伴った念仏」を申して救われることが一番の恩返しとなると思います。 「称名報恩」をそのように位置づければ、表面上は異なっているように見えますが、本質的に一致するものと理解することができるのではないかと思います。 覚如上人の『口伝鈔』には、 一 一念にてたりぬとしりて、多念をはげむべしといふ事。 このこと、多念も一念もともに本願の文なり。 いはゆる、「上尽一形下至一念」(礼讃・意)と等釈せらる、これその文なり。 しかれども、「下至一念」は本願をたもつ往生決定の時剋なり、「上尽一形」は往生即得のうへの仏恩報謝のつとめなり。 そのこころ、経釈顕然なるを、一念も多念もともに往生のための正因たるやうにこころえみだす条、すこぶる経釈に違せるものか。 さればいくたびも先達よりうけたまはり伝へしがごとくに、他力の信をば一念に即得往生ととりさだめて、そのときいのちをはらざらん機は、いのちあらんほどは念仏すべし。 これすなはち「上尽一形」の釈にかなへり。 という記述があって、信心を得た上で、生涯(一形)にわたって念仏に励むことをお勧めになられているわけですしね。 念仏は、まことに浄土に生まれるたねにてやはんべらん、 また地獄におつべき業にてやはんべるらん、 総じてもって存知せざるなり。 たとひ法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、 さらに後悔すべからず候ふ。 私逹の不十分な理解や、偏った価値観でもって、 お二人や、浄土宗・浄土真宗という宗派に優劣を付けたりするのではなく、 お二人が共通してお説きになろうとされたものを、 きっちり受け取っていくことが一番大切なのではないかと思います。

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