渥美 清。 中村獅童、下積み時代に渥美清さんを「一方的に見ていた」思い出語る

「寅さん」こと渥美清の死生観/寺沢秀明

渥美 清

関連キーワード• 朝日新聞紙面に掲載されている用語解説から関連するものをお届けします• 加計呂麻島 (2011年10月31日 朝刊) 約77平方キロの東西に細長い島で、山と海に区切られて点在する30集落に1500人弱が住む。 映画「男はつらいよ」の最終作「寅(とら)次郎紅の花」が撮影され、故・ 渥美清さんが演じた寅さんが「今も暮らす」と言われている。 09年には島全体が「にほんの里100選」(朝日新聞社・森林文化協会選定)に選ばれた。 浅草六区 (2015年08月19日 夕刊) 1884年に浅草公園が7区画に分けられたことで誕生。 六区初の劇場で浅草オペラの発祥の「常盤座」が86年に開場。 1903年には日本初の活動写真常設館「電気館」がオープンした。 芝居、落語、浪曲、オペラ、レビューなどが上演され、興行街へ。 「喜劇王」のエノケン(榎本健一)やコメディアンの古川ロッパ、俳優の 渥美清、お笑いコンビのコント55号、漫才コンビのツービートら多くのスターを生み出した。

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渥美清 晩年や嫁息子の現在!生い立ちや性格,カトリックで高学歴は?

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女優のがの半生を演じるNHKの土曜ドラマ『トットてれび』(毎週土曜 後8:15)も残すところあと2回。 11日放送の第6回は、『男はつらいよ』シリーズの寅さんで国民的人気を博したさんと徹子の出会いから別れまでを描く。 このドラマで渥美清を演じるのは、歌舞伎俳優のだ。 渥美さんにまつわる、とっておきの思い出があるという。 その話をしながら獅童の右目から一筋、涙が流れたが、その表情はとてもすがすがしいものだった。 僕ね、自分で言うのも変だけどけっこう歌上手いと思っているんですよ、でも撮影の時、全然歌えなかった。 中村獅童の個人的な思い入れが強すぎて、こみあげてきちゃって。 ダメだったね。 まずね、「渥美清さんの役で出てください」ってオファーをいただいた時に、なんで俺?って思ったからね。 外見的にも似ていないし、共通点は目が細いところだけ。 ましてや、大好きな渥美さんですし。 僕にはできない、「無理です」ってお断りしようとしたら、プロデューサーに「あなたにしかできない芝居があるはずです」と言われて、腹を決めました。 満島さんも、役のさんも、役のさんも皆、同じだったんじゃないかな。 ただ、引き受けたからには「ものまねショーみたいになるのだけは避けよう」という思いも一緒だった。 それにしても、徹子さんを演じている満島さんは本当にすごい。 ほんとにすごい女優。 彼女の真似もできないよ(笑)。 渥美さんといえば、子どもの時から好きでした。 うちの母親(小川陽子さん)は4歳の僕をいろんなところに連れて行った。 歌舞伎だけじゃない、さんの紅テントにも行ったし、ストリップから劇団四季まで、いろんなもの見せてくれた。 その中に、映画もあって、『男はつらいよ』を毎年のように観ていました。 子ども心に「マッチ()が好き」というのとはまた違った感じで、渥美さんのことが好きでしたね。 それに、叔父の萬屋錦之介は映画『沓掛時次郎 遊侠一匹』(66年)で渥美さんと共演していたし、勘三郎兄さん()からも渥美さんの話を聞いていたので、すごく親近感を抱いていました。 忘れもしない、それは「娘道成寺」という演目だった。 その頃の僕は全然、役が付かなくて、この時もただ並んで座っているだけの役だった。 ある日、幕が上がったら、ちょうど目線の先に渥美さんが座ってらして。 その時の渥美さんは、パリッとした白いシャツにチノパン姿で、寅さんのイメージとは全然違っていました。 渥美さんには渥美さんなりのこだわりがあって、ああいう格好をしているんだろうな、おしゃれだな、と思いながら見ていた。 薄暗い客席の中で、渥美さんだけがスポットライトが当たっているようでした。 その時、一度きり、僕が一方的に渥美さんを見ていただけなんですけど、寅さんでも誰でもない、誰も知らない渥美さんの顔を見ちゃったなっていう思い出、あの時の渥美さんの姿がずっと心に焼き付いているんです。 ただ、渥美さんの話になると、叔父や勘三郎兄さん、母のことも思い出して、こみ上げてくるんだよね。 それが何なのか、饒舌に語ることができたら役者をやめて、コメンテーターになっているよ(笑)。 理屈で片付けられないことを表現するのが役者だし、何が正解なのかもわからない怖さもある。 だから、このドラマで「渥美清」を演じるのは怖かった。 だけど、「渥美さんってもしかしてこういう人だったのかな?」「渥美さんて、面白い人だったんだな」と、渥美さんについて視聴者がいろいろ想像して、楽しんでもらえているならうれしいですね。 芝居は役者の想像の産物だし、そうやって観客に楽しんでもらうのが役者の仕事だと思うし、そこに生きがいを感じるし、それこそ役者の醍醐味だよね。 すべての撮影が終わったところで役者が満たされることはないけれど、満たされたら終わりだと思うけど、プレッシャーからは解放されてすっきりしています。 しかし、浅草育ちの渥美が慣れないテレビの世界で悪戦苦闘する姿を見て、徹子は次第に親しみを覚える。 『夢であいましょう』で息の合ったコントを演じる2人の仲は噂になり、マスコミにも書きたてられる。 渥美が「寅さん」で大スターになってからも2人の交流は変わらなかった。 「兄ちゃん」「お嬢さん」と呼び合った徹子と渥美の出会いから別れまでを描く。

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