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次の0 どーも、エンタメブリッジライターのじゅんぺーです。 今回は数々の賞を受賞し、映画史に残る不朽の名作とも言われる映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のあらすじと見どころについてお伝えしていきます。 ニュー・シネマ・パラダイスの制作国は、イタリアとフランス。 世界的に低迷していたイタリア映画を復活させた名作とも言われています。 実はこの映画が公開された1989年にぼくはまだ生まれておらず。 今回初めて見させていただきました。 30年近くも多くの人に愛されている作品で、見ていると映画っていいなーなんて思いましたね。 こうやって定期的にいろんな映画を見て、記事を書かせていただいているぼくは幸せ者だなーと。 笑 映画愛に本当にあふれた作品になっていますので、映画好きの人はもちろん、映画をそんなに見ないという人にもぜひ一度は見ていただきたい映画です。 それでは紹介していきます! 公開日:1989年12月16日(日本) 監督:ジュゼッペ・トルナトーレ(Giuseppe Tornatore) 原作者:ジュゼッペ・トルナトーレ(Giuseppe Tornatore) 原作:Nuovo cinema paradiso 出演者:サルヴァトーレ・カシオ(Salvatore Cascio)、マルコ・レオナルディ( Marco Leonardi)、ジャック・ペラン(Jacques Perrin)、フィリップ・ノワレ(Philippe Noiret)、アニェーゼ・ナーノ( Agnese Nano )。 受賞歴:カンヌ国際映画祭審査員特別賞、アカデミー外国語映画賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞など多数の受賞歴あり。 amazon. 元々劇場版には公開されていなかった部分も完全版では公開されており、どちらの方がいいかというのは人によってかなり意見の分かれているものになっているようです。 ぼく自身は劇場版しか見ていないので、今回「ネタバレあり」では、 劇場版のものを紹介していきます。 オリジナル版しか見ていない人には、少し説明不足に感じる部分も出てくるかもしれませんがご容赦ください。 それでは見ていきましょう。 「ニュー・シネマ・パラダイス」のあらすじ(ネタバレなし) ローマに住む映画監督のサルヴァトーレ(ジャック・ペラン)が、ある知らせを受け、過去を回想していく物語です。 その知らせとは、 小さいころにお世話になっていた映画技師であるアルフレード(フィリップ・ノワレ)の訃報でした。 少年時代にアルフレードと共に過ごした日々。 少し大人になってある女性に恋い焦がれた日々。 そんな小さいころある村で過ごした懐かしい日々をサルヴァトーレは思い出していきます。 実はサルヴァトーレは、アルフレードに言われて、村には30年以上も帰っていませんでした。 アルフレードの葬儀に参列するために村へ帰るサルヴァトーレ。 目の前に現れる村の光景や家族、村の人々の変化に、サルヴァトーレは何を感じ、何を考え、何を思うのか。 そして、 アルフレードがサルヴァトーレへ残したある形見とは… あらすじなしではここまでにしておきましょう。 amazon. 時代は第2次世界大戦下、幼い頃のサルヴァトーレは、「トト」と村のみんなに呼ばれていました。 トトは、母と妹と3人暮らしで、父親は、戦争へ行っています。 トトの暮らす村での唯一の娯楽は、パラダイス座で毎晩放映される映画でした。 村の人々は、毎日パラダイス座に入り浸り、トトも同じく、映画館へ入り浸る日々。 特にトトは、パラダイス座の映画技師であるアルフレードのことが大好きで、たびたびアルフレードのもとを訪れていました。 劇中でも出てきますが、トトのお父さんはどうやら戦死してしまったようなんですね。 なので、アルフレードはトトにとって父親のような存在でもあったのかもしれません。 当時は映画の検閲があり、キスシーンなどが映画に入るとアルフレードは映画のフィルムをカットしていきます。 そのカットされたフィルムをトトはアルフレードにねだりますが、 アルフレードにある協定を持ち掛けられます。 これは全部お前にやる。 だが、私が保管する。 お前はここに来るな。 トトはそれでもあきらめず、床に落ちていたフィルムのカットを拾い集めては家に持ち帰るのでした。 その後も「来てはいけない」と言われつつも、トトはとにかくアルフレードのもとを訪れ続けたんですね。 トトはそれぐらい映画もアルフレードのことも大好きだったんです。 先ほどは父親のような存在と書きましたが、トトはアルフレードに向かって「友達になろうよ」というシーンも出てきます。 トトとアルフレードの関係は、父親や友達という言葉では言い表せないぐらい特別な関係だったのかもしれませんね。 ある日、 トトが広い集めたフィルムのカットが原因で、トトの家でボヤ騒ぎが起こります。 それに対してトトの母親は大激怒。 現場に居合わせたアルフレードは、トトの母親から この子を映画館に入れないと誓って! と言われてしまうのです。 アルフレードが映画のフィルムをトトにあげなかったのは、その危険性を知っていて、トトを危険な目に遭わせたくない優しさから「私が預かる」と言ったのかもしれませんね。 そういう優しい部分をトトも何となくわかっていたから、アルフレードのもとに通い続けたのでしょう。 こういうところからも2人の絆の深さを感じますね。 もちろんですが、これを機にトトがアルフレードのもとに行かなくなる…なんてことはなく、母親に隠れて映画館やアルフレードのもとに通い続けます。 そして、 いつしかトトはアルフレードから映画技師の仕事を教わることになるのです。 トトはアルフレードのところに通いつめ、みるみるうちに映画技師の仕事を覚えていきます。 そんなある日のことでした。 映画を上映している最中にフィルムが燃え、 パラダイス座が火事になり、アルフレードが重症を負ってしまうのです。 トトがアルフレードを救出したおかげで何とか命は助かりますが、その事故をきっかけにアルフレードは失明してしまいます。 また火事によりパラダイス座は全焼。 しかしその後サッカーくじを当てたある男性の手によって、 パラダイス座は「ニュー・シネマ・パラダイス」という名前で再建されます。 そして、仕事を続けることができなくなってしまったアルフレードの代わりに、トトが映画技師として働き始めることになるんです。 トトが映画を放映していると、家族に連れられてそこに失明したアルフレードが来てくれました。 そしてトトに向ってアルフレードはこういうのです。 今お前と映画館はうまくいっている。 だが長続きはしない。 お前には他の仕事が待ってる。 別の仕事だ。 大きな仕事だ。 もっと大きな仕事だ。 映画を見終わった後にこの言葉を見返すと、アルフレードはいつでもトトのことを信頼していたんだなーということがわかります。 期待ではなく信頼ですね。 (後ほど詳しく説明します。 ) その後、 トトは大きくなって高校生ぐらいまでに成長していました。 映画技師の仕事はまだ続けています。 アルフレードは少しおじいちゃんになっていました。 でも老いぼれているわけではなく、目が見えないのに映画の画面がぼけているのを当ててしまうぐらい感覚が研ぎ澄まされています。 その頃にはフィルムも不燃性になり、キスシーンや少しエッチなシーンをカットする必要はありませんでした。 進歩はいつも遅すぎる。 なんてアルフレードの深ーい言葉が出てくるのもこのシーンです。 青年になったトトは、フィルムカメラに夢中になっています。 アルフレードとも毎日のように会って話をしていました。 ある日トトは、同じ高校に転校してきたエレナ(アニェーゼ・ナーノ)という女性に恋をします。 何度もアタックするトトでしたが、なかなかうまくいきませんでした。 アルフレードに相談しますが、 青い眼は一番手ごわい。 と意味深なことを言われてしまいます。 詳しくは割愛しますが、ここで出てくる 「王女と兵士のおとぎ話」はすごく有名なシーンで、人それぞれ解釈が異なってくる点なんですよね。 完全版では、このおとぎ話の答えみたいなものが出てくるらしいのですが、あえて答えが分からない方が想像が膨らんで面白いのになーなんて思いました。 これはおとぎ話に出てくる兵士と同じ気持ちですかね。 好みの問題だと思いますので、劇場版か完全版お好きな方をぜひ。 話を戻して、トトはそれでもあきらめずにエレナへアタックし続けます。 そしてやっとの想いで、エレナと両想いになることに成功します。 楽しく充実した日々を2人は送っていましたが、エレナの父親から2人の関係を反対されてしまいます。 その後エレナは、大学へ進学するために遠くへ引っ越してしまうんです。 あまり会えなくなる2人。 さらに今度はトトが徴兵されることになり、ローマへいくことになってしまいます。 トトはローマに経つ前日の夕方5時に映画館で会うことをエレナと約束しますが、結局会えず。 その後、彼女とは音信不通になってしまうんです。 徴兵が終わって村へ帰ってきたとき、パラダイス座には別の映画技師がいました。 彼女の行方が分からないトトは、唯一の頼みであるアルフレードに会いに行きます。 そこでアルフレードはトトに向ってこう言うのです。 一度村を出たら、長い年月帰るな。 年月を経て帰郷すれば、友達や懐かしい土地に再会できる。 人生はお前が見た映画とは違う。 人生はもっと困難なものだ。 ローマへ戻れ。 トトはその言葉の通りに、ローマへ行くことにします。 そしてローマへ旅立つ日、見送りに来ていたアルフレードはもう一度トトへ向かってこのように言い聞かせるのです。 帰ってくるな。 私たちを忘れろ。 手紙も書くな。 ノスタルジーに惑わされるな。 すべて忘れろ。 我慢できずに帰ってきても私の家には迎えてやらない。 分かったか? それから30年が経ちました。 トトことサルヴァトーレは、映画監督として成功していました。 そして、アルフレードの葬儀に参列するため故郷の村に戻ります。 サルヴァトーレは、母や妹、村の人々、何も変わらない村の風景との出会いに様々は想いを巡らせていきます。 しかし思い出の場所であるパラダイス座は閉館していて、もうすぐ壊される予定でした。 サルヴァトーレは、アルフレードの形見を渡され、それをもってローマへ帰ります。 アルフレードの形見はひとつのフィルムでした。 それはかつて、アルフレードがカットしていたキスシーンだけを集めてつなげたフィルムだったのです。 アルフレードはちゃんと協定を守り、トトのフィルムを預かってくれていました。 それを見ながらサルヴァトーレは、涙を流し、映画はここで終わります。 amazon. 青年時代に恋をしていたエレナとの再会のシーンも出てくるんだとか… いつか完全版も見てみたいなーなんてぼくは思いましたね。 さてここからは、劇場版映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の見どころをぼくなりにお伝えしていきます。 amazon. どこにいても、何をしていても、たとえ会ったり、連絡を取り合ったりしてなかったとしても… 2人はどこかでずっと強い絆で結ばれていたんだと思うんです。 もうお前とは話したくない。 お前のうわさを聞きたい。 徴兵が終わって、トトへ向かって「ローマへ戻れ!」といった後、アルフレードが言った言葉です。 父子のようで、師弟のようで、友人のような関係でもあった2人はお互いのことを心の底から愛し合っていた。 だからこそ、 近くにいることを選ぶのではなく、相手のためになることを願って言ったセリフだと思うのです。 ついついぼくらって愛する人へ物理的な距離の近さを求めてしまいがちです。 頻繁に会うことを望んだり、毎日連絡を取り合ったり。 そうすることが愛を証明するものだと思い込んでいるのかもしれません。 でもお互いのことを思えば、会わない、連絡を取り合わないことが必要になるときもきっとあるはずです。 それがわかっていたから、アルフレードはトトに向って「もう話したくない」なんて言ったのでしょうね。 そしてトトもそれがわかっていたから、アルフレードに反抗せず、黙って受け止め、自分の進みたい道へ進んでいったんです。 そう思うと、2人の関係性は本当に特別なもので、お互いのことを強く思い合っていたんだろうなと思いました。 期待することは「思い通りに動いてほしい」と思うこと アルフレードはトトが映画監督になることを期待していたのではなく、信頼をしていたはずです。 だからこそトトに向って「映画監督になれ!!」とは決して言わなかった。 期待することは相手に対して、 「思い通りに動いてほしい」と思っていることの裏返しでもあるとぼくは思っています。 例えば、誕生日プレゼントなどもらうとき。 「自分がほしいもの」をもらえることを期待している人が多いと思うんですよね。 そういう時って「自分がほしいもの」をもらえないとなんだかがっかりしてしまったりします。 それってなんか一方的だなって思うんですよね。 相手のことを信頼している時って、きっと何をもらっても嬉しいと思うんですよね。 それは 「相手が一生懸命自分のことを考えて選んでくれたんだ」っていう信頼があるから。 たとえ、何ももらえなかったとしても、「きっと何か事情があったんだろうな」とか「心ではお祝いしてくれているんだろうな」って思えたら、そんなにがっかりしないと思うんです。 逆にプレゼントをあげるときも、「絶対喜んでくれるだろう」っていう期待をしていると、相手の反応次第ではがっかりすることも出てきてしまいます。 アルフレードとトトの関係は、まさに信頼関係だったと思うんです。 お互いに期待をするのではなく、信頼し合っている。 トトを傷つけるかもしれないけど、トトのことを心の底から思い、信頼し、伝えるべきことはしっかりと伝えたアルフレード。 ひどい言葉のように思えても、自分のために言ってくれているんだとアルフレードを信頼し、素直に受け止めたトト。 そこに「俺の言うことをしろ」「なんで自分のことをわかってくれないの」という期待のような気持ちはお互いなく、 純粋にお互い信頼し合っていたんだろうなとぼくは思いました。 amazon. トトとアルフレードも始めから信頼し合っていた仲ではなかったはずです。 でもトトが小さい時から、アルフレードはトトのことをいつも助けてくれていました。 そしてトトの可能性を信じて、いつも応援してくれてたんです。 それは期待ではなく信頼だったとぼくは思います。 だからこそ、トトもアルフレードのことを信頼し、アルフレードの言葉を信じたはずです。 これは「嫌われる勇気」という本でも書かれている 「他者を信じるにあたって、いっさいの条件をつけないということ」なんだと思います。 アルフレードがトトの可能性を信じていたことに、何か客観的な根拠があったわけではありません。 でも、信頼していた。 だからトトもアルフレードのことを信頼していた。 こうやって深い信頼関係で結ばれるためには、 日ごろから他者のことを無条件に信頼するってことが大切なんだと思います。 「誰でもいいから無条件に信頼しろ」とは思いません。 ただ誰かを無条件に信頼することを恐れていたら、誰とも深い関係なんて築くことはできない。 だから「この人は大切にしたい」、そう思えた相手に対しては、無条件に信頼してみるってことが大切なんだと思います。 それで傷つくことだってあるでしょう。 でもそれすらも受け入れる勇気を持てば、トトとアルフレードの関係のような深い関係が築けるようになるはずです。 amazon. 自分のすることを愛せ。 子供の時映写室を愛したように。 ぼくたちが生きていくうえでも大切な考え方だなーと思ったので、ここで書かせていただこうと思います。 「好きなことで生きていく」よりも大切にしたいこと 「好きなことで生きていく」とよく言われる現代ですが、 好きなことであなたは生きているでしょうか? ぼくはこうしてライターのお仕事なんかをしながら生きていますが、「好きなことで生きているか?」と問われると疑問に思う部分も少なからずあるんですね。 好きでライターをやっているかと言われるとそうではない部分もあって、条件が自分に合うからって理由でやっているところもあります。 トトは小さい頃から映画が大好きで、映画監督になり、成功して有名になります。 まさに「好きなことで生きている人」なんだと思いました。 でもアルフレードがトトに贈った言葉は、「好きなことで生きろ」ではありません。 「自分のすることを愛せ」です。 もちろん好きなことで生きていけたらすごく幸せだと思います。 でも、好きなことだけで生きていくってことはぼくはできないと思うんです。 好きなことで生きていくためには、それだけの苦労や努力が必要だし、そこに至るまでの迷いや葛藤も絶対にある。 でもそんな状況を愛することが大切なんだと、アルフレードは教えてくれている気がします。 今自分がやっていることが好きか嫌いかだけで判断するのではなく、向き合い方や解釈の仕方を変えてみるってことも大事ではないでしょうか? 愚痴や文句を言いたくなる時もある。 嫌で苦しくて辛い。 生きていればそんな状況もきっとあります。 でもそんなときを経ているからこそ、好きなことで、楽しく生きれる瞬間がきっとやってくる。 だからこそ、自分が今やっていることを愛することが大切なんだと思います。 amazon. 正直言うと、ぼくもたまたま見つけて見たので、元々知っていたわけではありませんでした。 この記事をたまたま読んでいるそこのあなたも、まだ見たことがなければぜひ見てみてくださいねー。 映画が好きな人 ニュー・シネマ・パラダイスでは、 劇中の中にも数々の名作が出てきて、映画好きにはたまらない作品です。 ローマの休日、風と共に去りぬ、美女と野獣など過去の名作が40作品ほど流されます。 トトやアルフレードはもちろん、劇中に出てくる人々は全員映画が大好き。 というか、 当時は映画だけが人々の娯楽だったのでしょう。 映画がないと生活ができないぐらい、映画が生活の一部になっていた。 ぼくらにとって映画はなくてはならないものではありませんが、とにかく見ていて、映画っていいなーと思わされる部分が何回も出てきます。 この映画を見ることで、より映画を身近に感じてより好きになれると思います。 それほど映画愛にあふれた作品ですので、映画好きの人でまだ見ていないという人はぜひ見てみてください。 音楽が好きな人 ニュー・シネマ・パラダイスの主題曲である、「Cinema Paradiso(シネマ・パラディーソ)」という曲が映画の雰囲気にぴったりと合っていて、映画の良さを引き立ててくれます。 少し切ない感じなんですが、美しいメロディで何度聞いても飽きないような曲。 「Cinema Paradiso(シネマ・パラディーソ)」を聞くと映画のワンシーンが目に浮かぶほどです。 映画の中に出てくる音楽ってそんなに気にしたことはなかったんですけど、この映画を見ていて、音楽も映画をつくるひとつの要素として大切なんだなと思いました。 ぜひ音楽にも注目しながら映画を見てほしいなと思います。 amazon. 特に忘れられないのがラストシーン。 アルフレードのフィルムはトトへの愛であふれています。 家族でも恋人でも、はたまた友達とも言えない2人。 それでもどんな関係性よりも強く結ばれていたような気がします。 映画を見終わった後、ジーンと胸が熱くなりましたね。 ぜひ皆さんも一度は見てみてください!.
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