アンゴルモア 元 寇 合 戦記 博多 編。 2018日本动画索引

たかぎ七彦困惑?アンゴルモア元寇合戦記をガチネタバレ予想!

アンゴルモア 元 寇 合 戦記 博多 編

日本の史実・元寇をテーマに、文永11年(1274年)の対馬で起きた蒙古襲来事件を描く歴史スペクタルマンガ『アンゴルモア 元寇合戦記』。 史実に則りながらもエンターテインメントとして昇華された迫力満点のアクションシーン、深い人間ドラマが幅広い層や歴史マニアからも支持されている。 同作では対馬に流れ着いた流人の朽井迅三郎が、地元の武士とともに蒙古軍の襲来に立ち向かう。 蒙古軍が本土に向かうまでの圧倒的不利な7日間の戦いが描かれている。 7月10日のアニメ放送を前に、著者のたかぎ七彦先生にアニメの見どころを聞いた。 中学校くらいで「元寇」について教わる時に、教科書に載っている「蒙古襲来絵詞」の絵がありますよね。 全2巻の絵巻なのに教科書には陸上戦の1コマしか載っていない。 それを図書館で全巻読んだら、異民族の寺院が出て来たり、海戦を描いたり、火薬が飛んだり内容がものすごくスペクタクルで驚きました。 あまり描いている人がいなかったというのも決め手でした。 最初に見た教科書に載っている絵も文永の役のものなので、最初から描いて行くのが面白いだろうなと思いました。 現在は文永の役では神風はなかったとも言われていますが、これまで蒙古軍が博多に1日しか滞在しないで撤退したとされてきた中で、対馬には8日前後くらい滞在している。 それなのに教科書では詳しく触れられていません。 この期間に何があったんだろう?と文献を調べたら、流人の存在や佐須浦の合戦などが載っていたので、「これは話にしたら面白い」と思ったんです。 なぜ流人という設定にしたのでしょうか? たかぎ 元来、その地に住んでいて侵略者が来たから守るため命懸けで戦うのは当たり前だと思うんです。 そこにアウトローな人間が流れ着いて、守るために戦いに参加するというシチュエーションがやっぱり面白いじゃないですか。 鎌倉時代は武士が土地を守るために戦っていましたし、幕府による本領安堵というご恩と奉公の関係もありましたから、それに縛られない流人がいかに戦いに入っていくのかというのも見せ方として熱いかなと思いました 朽井迅三郎は文献にあった流人の「口井」から名前を取りましたけど、流人が戦いに参加するきっかけや境遇を考えた時、現代で言うと傭兵が近いだろうなと思ったんですね。 なので、傭兵本人の体験記などを参考にして、迅三郎たち流人のキャラを肉付けや、様々な出自の流人が集団としてどう戦うかなどを考えました。 価値観はこの時代の人のものだとしても、戦うとしたら今も昔もメンタル的な部分は共通だと思うんですよ。 「〇〇の仇を取らなければ!」というのは他のキャラにはいるんですけど、迅三郎に関しては哲学的な思考ではなく本能で戦うという、できるだけ単純な人間に見えるように描いています。 もちろん、迅三郎にも色々とあったんですけどね。 《乃木章》.

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アンゴルモア 元寇合戦記 (1) (カドカワコミックス・エース)

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話は史実から、着想とキャラデザは秀逸な人気作から引っ張ってきてるので、おもしろいです。 しかし嫌に気になるところだらけですね。 男子中学生が描いてるような。 「皇国の守護者おもしろい!!! 俺も熱い撤退戦が描きたい!!! あとオッパイ!!! 」 作者によって未来から送り込まれた俺TUEEEご都合お説教系主人公がひたすら活躍しご高説る。 ブサイクだしガサツだけど可愛いお姫様にも惚れられる。 俺は興味ないんだが…ハァ… ため息。 元寇では数で圧倒されたけど古くから朝鮮半島とも海賊やり合ってきた壱岐対馬の武人もみんな阿呆、ひ弱にして、主人公上げ。 絵がヘタです。 戦闘シーンとかはもう…。 ご本人かアシさんかわからないけど小物や背景は上手。 史実や、取材などすごく頑張ってるようなのに…なぜキャラデザをよそから引っ張ってきたんだ……??? 神風なんかなかった。 一度目は時期が違うようだし、二度目も数ヶ月戦った最っ終~的に台風あったよう。 神風のおかげとことさら吹聴したのは、僧たちや、壱岐対馬を捨石にして出方を伺ったり、褒美を与えることができない鎌倉方の謀略のようで…… 壱岐対馬の人々の悲惨な実情とか、当時の鎌倉武士の強さとか、いろいろと見直すべきですね…。

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2018日本动画索引

アンゴルモア 元 寇 合 戦記 博多 編

なんてこった、、主人公、朽井迅三郎は博多まで行く義理がない・・ 史実では、モンゴルと高麗(こうらい)の連合軍は、1274年の10月5日から、 10月14日まで9日間対馬に布陣しています。 そこから壱岐(いき)に移動していくのですが、そうなると はどうなるのでしょう? いきがかり上、対馬の戦いでは対馬武士団や流人を率いて、輝日姫を守る形で戦った 彼ですが、対馬からモンゴルから去れば戦う理由はないのです。 陰謀により、鎌倉を追われ罪人になった朽井には、鎌倉幕府への忠義の為に、 博多に向かうモンゴルを追ってまで戦う義理はありません。 では、9日過ぎたらアンゴルモア元寇合戦記はどうなるのでしょう? kawausoが大胆に予想、今後のアンゴルモアの展開 元寇のクライマックスは、博多に上陸したモンゴル軍と九州の御家人との戦いです。 まさか、ここまで描かないで、「対馬は守られました、ちゃんちゃん」とは、 いくらなんでもあり得ないでしょう。 ならば、何とかして朽井迅三郎を、対馬から博多に移動させないといけません。 そのモチベーションは、どうやって造るのでしょうか? その方法は、少年漫画の王道でないといけないでしょう。 それは、輝日(てるひ)姫がモンゴルの人質になり、金田城(かねたぎ)に 立て籠もる人々を救うという展開です。 ウリヤンエディは、輝日姫に惚れているという伏線・・ アンゴルモア元寇合戦記を読んだ人は、ウリヤンエディというぽっちゃりした モンゴル軍の若き将軍の事は承知していると思います。 彼は、自分を射殺しようとした輝日姫の美貌に心を奪われました。 つまり、戦利品として自分に欲しいと考えたのです。 しかし、輝日姫が立て籠もる金田城は、モンゴル軍の総攻撃に曝されます。 そうなれば、輝日姫は自決するか、モンゴルの別の将軍に捕らわれ戦利品にされます。 それは、ウリヤンエディに取って許し難いし、憂慮すべき事です。 ですので、ウリヤンエディはモンゴルの王族の特権をフルに使い、 司令部に直訴、輝日姫を人質に渡す事を条件に金田城を見逃すという提案を 出すのではないか?と思います。 あの、ぽっちゃりエディにそんな権限があるの? さて、ここで問題は、あのウリヤンエディに、そんな私情をゴリ押しする権限が あるか?という事ですが、kawausoはあると思います。 というのも、彼が所属するウリヤン家というのは、1251年にクビライ・ハンが 大理を攻撃した時に、副官を務めたウリヤンカダイを出した家だからです。 このウリヤンカダイは、1260年、フビライが大ハーンに即位する際にも、 フビライを支持して同じく大ハーンを名乗ったフビライの弟アリクブケと戦っています。 史実には、ウリヤンエディという名前はありませんが、流れから考えて、 エディは、このウリヤンカダイの孫設定ではないか?と思います。 また、このウリヤンカダイの父は、チンギスハンの四狗と言われた勇将スプタイで それを考えると、ウリヤンエディの曾祖父がスプタイになります。 あくまで仮定ですが、二十代の若さで千戸将軍に任じられ、ウリヤン家の人間ですから それはエリート中のエリートなのでしょう。 モンゴルにとっては、たかだか一個の山城ですし、ウリヤンエディがゴリ押しして、 輝日姫を差し出させる条件で和睦を主張すれば、あっさり飲みそうです。 関連記事: 輝日姫を対馬に取り戻す為に、朽井迅三郎、モンゴル軍を追いかける 輝日姫は、金田城に手を出さない事を条件にウリヤンエディの人質になります。 圧倒的に不利な現状では、それがベストの選択でしょう。 しかし、対馬の人々の精神の支えだった輝日姫がモンゴルに降る事で、 人々は悲しみに沈む事になります。 もちろん、輝日姫を差し出す事で、戦争を回避した朽井迅三郎にも、 割り切れない思いが残る事になります。 その後、なんやかやあり、朽井は、輝日姫を取り戻す為に単独か複数かで モンゴル軍の後を追う事になるのです。 どうです?もっともらしいでしょう。 アンゴルモア元寇合戦記ライターkawausoの独り言 自分を慕っている女の為に一命を懸けるのは少年漫画の王道です。 さらに輝日姫は、死んだと思われている安徳天皇(あんとくてんのう)の 曾孫かも知れないとなればそれは、打ちひしがれた対馬の人々の精神の復興の為にも、 絶対に必要な存在という事になるのです。 いずれにせよ、朽井迅三郎の戦いは、対馬だけでは終わらないでしょう。 たかぎ七彦先生、渾身の戦国チャンバラ時代劇、アンゴルモア元寇合戦記、 最新巻7巻では、それまで仲間だった同じく流人の白石和久(しらいしかずひさ)が、 流人の男衾三郎(おぶすま・さぶろう)を経由し、これを殺害、その後、 ウリヤンエディに寝返り朽井と刃を交えます。 「なんだ、白石もただのチンピラか、、」なんて軽蔑するなかれ、、 そこには、悲しい哀しい、白石の過去があったのです。 ああ、白石は裏切ったけど良い人だったのだなと思えて切ない アンゴルモア元寇合戦記、最新七巻は、コチラです! アンゴルモア元寇合戦記に関する全記事一覧は 関連記事: 関連記事:.

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